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 ロベール・ルパージュ演出作品の来日が相次いでいる。『Needles and Opium 針とアヘン 〜 マイルス・デイヴィスとジャン・コクトーの幻影』(2015年10月、世田谷パブリックシアター)、シルク・ドゥ・ソレイユ『トーテム』(2016年2月の東京公演を皮切りに2017年まで日本各地を巡演)に続いて、ルパージュ自らが出演するソロ作品『887』が2016年6月23日〜26日に東京芸術劇場、7月2・3日にりゅーとぴあで上演された。本作品には英語版(一部の場面はフランス語で演じられる)とフランス語版(全編すべてフランス語による)が存在しているが、このたび日本で上演されたのは英語版である。

 ロベール・ルパージュは、北米のフランス語圏であるケベック、その州都ケベック・シティに生まれ育った。ケベック・シティの演劇コンセルヴァトワールを卒業し、1980年代に『循環』(1984)、『ドラゴン三部作』(1985)、『ヴァンシ(ヴィンチ)』(1986)などによって頭角を現し、それからもケベック・シティを本拠地としている。趣向を凝らした舞台美術と映像の使用によって知られる、世界的に最も注目される演出家の一人である。さらにルパージュは自らが即興を得意とし、フランス語と英語を使いこなし、複数の役を演じ分けるすぐれた俳優でもある。『887』においても、一人芝居の制約を逆手にとるかのように、仏英両言語を使い分け、2時間におよぶ上演時間の間、ほとんど休む間もなく舞台に立ち、自らの少年時代を物語り、俳優として観客を魅了する。『887』は、そんなルパージュの異なる顔を一度に味わうことができる、またとないチャンスであったといえるだろう。

©Erick Labbé
©Erick Labbé

記憶をめぐって 

 演劇がますますポストドラマ的になりつつあるように思われる今日においても、「物語を語ること」(raconter une histoire / telling a story)は、ルパージュにとっての必須の条件であり、本作においてもその重要性は失われていない。ルパージュの作品には彼の分身とも見なすことができる人物がしばしば登場するのだが、ルパージュがルパージュ本人として登場する『887』は、とりわけ自伝的であり、ドキュメンタリー演劇的ですらある作品である(本人の言によれば、作中で語られることのほとんどは事実に基づいている)。

 『887』の主題は、一方では個人的な、もう一方では集合的な歴史と記憶である。「887」といういささか謎めいた数字は、彼が子ども時代を過ごしたアパートメントがケベック・シティのマレー通り887番地にあったことから来ているように、本作は、1957年に同市に生まれ、そこに育ったルパージュ個人の歴史、少年時代の回想が重要な位置を占めている。とりわけ、海軍を退役してから、タクシーの運転手として家計を支えた父の存在が重要であり、その意味では、母の形象が重要であった『月の向こう側』(2000)と対をなす作品だといえる。カナダ連邦を信じる連邦主義者、二言語主義者であった父から、ルパージュは少なくとも二言語使用を学び、受け継いだのだといえる。裕福ではなかったが幸福であった少年時代を回想する場面にはユーモアがあふれ、ときに観客の爆笑を誘うのだが、その過去は同時にもはや取り返しのつかないかたちで失われているのでもあり、ほろ苦い切なさを感じさせもする。

©前田圭蔵(提供:東京芸術劇場)
©前田圭蔵(提供:東京芸術劇場)

 そんなルパージュの半生に、彼を育んだケベックの歴史が同時に重ね合わせて物語られる(ケベック州の標語はまさしく ‘Je me souviens’「私は(フランス系社会としての自らの歴史を)覚えている」であった)。ジャック・カルティエによるフランス領有宣言は1534年、フランス人入植者によるケベック・シティの建設は1608年に遡るように、ケベックは当初はフランスの植民地(ヌーヴェル・フランス)としてその歴史を刻み始めた。だが、1753〜1760年の英仏間の七年戦争にフランスが敗北し、その結果1763年に英国の植民地となって以来、英国系カナダ人を中心として成立し発展するカナダ連邦の内部で、受難の道を歩んできた。作品にも出てくるケベック・シティのアブラハム平原は、七年戦争の主たる戦場のひとつであったし、通りの名前にあるマレーは、七年戦争当時の英国人軍人であり、後にカナダ総督となったジェームズ・マレーから採られている。

 ケベックでは、ルパージュが生まれた頃から、カナダからの分離独立を求めるナショナリズム運動、あるいは(カナダ連邦の内部でケベック州を単位として)国民国家建設を目指す運動が強まる。1960年に誕生した自由党のジャン・ルサージュ首相が率いる州政府は、政治・経済・社会・教育・文化のおよそあらゆる領域において公共政策の改革を進め、それは後に「静かな革命」と呼ばれることになった。1967年のモントリオール万博の際にはフランスからドゥ・ゴール大統領が訪れ、「自由ケベック万歳」を叫んで民衆を熱狂させた(当然ながら外交問題にも同時に発展した)。1970年前後にはケベック解放戦線(FLQ)によるテロも頻発するまでに先鋭化した。作品においても言及されるそうした政治的変化に呼応するように、社会もまた世俗化し(かつてはカトリック教会の影響力がきわめて強かった)、積極的に多様性を受け入れる方向へと大きく変化してきたし、文化政策の整備に伴って、舞台芸術もまた大きく発展してきた。ケベックの独立運動に対しては日頃から共感を隠さないルパージュだが、作品中でそうした姿勢をこれほど強く打ち出すこともこれまでなかったのではないか。

 個人的記憶と集合的記憶、二つの記憶をつなぐ鍵となるのが、ケベックの女性詩人ミシェル・ラロンドが1968年に執筆し、1970年に開催された「詩の夜」において公開朗読された ‘Speak White’(「白人の言葉を話せ」)という一篇の詩である(YouTubeでそのときの記録映像を見ることができる)。 ‘Speak White’とは、もともとはアメリカ合衆国において、英語を解さない黒人に白人が向けた言葉であり、19世紀以来、英語系カナダ人から仏語系カナダ人に対して、「(白人の言葉である)英語を話せ」という意味で、軽蔑を込めて投げかけられた侮辱の言葉であったが、ミシェル・ラロンドはそれを逆手にとってタイトルとしたのだった。1970年の「詩の夜」はケベック文学史のひとつの転換点を記したのだが、それから40年後となる2010年にかつての「詩の夜」が再現され(ここまでは事実である)、それにあたってルパージュに ‘Speak White’の朗読の依頼が来る——そしてその詩の言葉が記憶できずに、暗記が得意な友人の助けを必要とする——ところから物語は始まり、1970年当時のケベック人がおそらく感じていたと思われる、強い憤りに満ちた朗読の場面でクライマックスを迎えることになる(これらが事実であるかどうかは確認できなかった)。

©前田圭蔵(提供:東京芸術劇場)
©前田圭蔵(提供:東京芸術劇場)

セノグラフィ/映像/テクノロジー ミニチュア細工の過去

 彼のカンパニー、エクス・マキナがラテン語で「機械仕掛け」を意味しているように、ルパージュ作品では、機械仕掛けの舞台装置も役者の一人として作品に参加し、容貌と表情を変え続ける。舞台に目を向けるとまず、黒い幕を用いて、実際の劇場のプロセニアム・アーチよりも小さく、開口部を限定していることが関心を惹く(ただ一人の出演者であるルパージュと、ミニチュアでつくられた舞台装置を小さく感じさせない効果があるのだろう)。舞台上には回り舞台が設置され、装置が回転しては、ミニチュアで再現された建物の外観——グーグルマップ/ストリートビューで確認できるが、現在も実在する建物をかなり忠実に再現している——、アパートの室内空間、バー・カウンターなどに早変わりしていく。『針とアヘン』(2013)では立方体状の装置をコンピューターで制御して電動で回転させていたが、こちらは舞台裏のスタッフが手動で回しているそうだ(いつものことであるが、一人芝居とは名ばかり、舞台裏/袖だけで総勢10名ほどのスタッフが忙しく動いている)。回転しながら、回想される記憶の情景を視覚化して見せるこのミニチュアの舞台美術が、本作品の成功の鍵を握っているといえる。失われた過去を実物大ではなくミニチュアとして表すことで、その小ささ、それに伴う親密感が、ルパージュの少年時代の物語——誰にでも起こりうる、誰でも聞いたことがあるような、ささやかな幸福と温かい愛情に満ちた日常の物語である——に対する観客の共感を強く促すのである。

 それぞれのアパートメントの小さな窓の向こうに(映像の)住人が住まい、動き回っているのが見えるのだが、各戸の窓に合わせて複数のヴィデオ・モニターが仕込まれており、アパートの空間の奥行きを感じられるように、ヴァーチャルの3D映像に実写で撮影した人間の映像が合成されているのだという。そのような配慮の細かさと完成度の高さには舌を巻かざるをえない。来訪したドゥ・ゴール大統領が乗った車を沿道の群衆が迎える場面、子ども時代の写真が詰まる段ボール箱の中から、伯父夫婦の居宅内部が現れる場面においては、iPhoneがライヴ・カメラとして用いられ、その仕掛けの簡素さと効果の大きさによって観客を驚かせもする。寝室で幼少時の妹の影と戯れる場面、「詩の夜」において、ルパージュが自らの影を舞台に置き去りにして、客席へと近づいてくる場面など、「映像」のひとつのヴァリエーションといえる「影像」をとっても、映像の用い方は相変わらず巧みとしかいえず、観客の感嘆のため息を誘わずにはおかない。

©Erick Labbé
©Erick Labbé

結びに代えて

 来年には還暦(!)を迎えるロベール・ルパージュだが、ラ・カゼルヌという従前の創造の拠点に加えて、「ル・ディアマン」(Le Diamant ダイアモンドのこと)という新しく2018年にオープンする予定の劇場、すなわち普及の拠点も手にすることになっている。また、四部作となるべき『プレイング・カーズ』(Jeux de cartes / Playing Cards)は、主に資金の問題から、スペードとハートの二部がつくられたところで中断していると聞くが、再創造のかたちで再演された『ドラゴン三部作』(2003/1985)、『針とアヘン/ニードルズ・アンド・オピウム』(2013/1991)に続くように、今後も『太田川七つの流れ』(1994)など旧作の再創造/再演の計画、さらには太陽劇団の俳優と作品をつくる計画があるのだという。旺盛な創造性は衰えることを知らないように見える。

 2015年7月のトロントでの初演以来、好評を収め、世界各地の巡演が続いている『887』は、観客の視線と意識を惹きつけて離さないすぐれて求心力の強い舞台であり、演劇がまだ失っていない魔術的な力を感じさせてくれる作品である。2016年に東京で上演される舞台の中でも、最良の作品のひとつに数えられるだろう。