コンセプチュアルなダンスが問うこと――豊田ゆり佳『Organized Play』/宮下寛司
1.豊田ゆり佳のこれまで
2025年10月神奈川県横浜にあるアートセンター若葉町ウォーフにて豊田ゆり佳の振付作品『Organized Play』が上演された。この作品は、「劇場をスタジアムに見立て、ダンサーがサッカーを模した競技を繰り広げる観戦型ダンス作品」1)“Organized Play オルガナイズド・プレイ 豊田ゆり佳 採択年度:令和7年(2025年度)”.文化庁メディア芸術クリエイター 教育支援事業であるという。ここでプレイされるのは、サッカーを題材にとるような舞台芸術としてのダンス作品ではなく、サッカーというスポーツ競技そのものである。この振付作品はスポーツとしてのルールを有し、それに則って得点を決め勝敗を決めるという目的を持つ。そして出演者はまずダンサーであり、踊ることを期待され課されている。ただ、踊ることはスポーツ競技の目的を達成するための合理的な行為ではない。それゆえこの振付作品は、ダンスの上演とスポーツ競技という融和不可能な二つのフォーマットを「サッカーをしながら踊る」あるいは「踊りながらサッカーをする」という並列した方法で用いる。
そのような場合観客は何を期待してよいのか、そして上演において何を観ていることになるのか。無論、サッカーをしつつダンスをすることで本来であればダンスあるいはサッカーで観ることができない体の動きを、(時として滑稽な)遊びの身体として見出すことを期待することもできるだろう。しかしながら、後述する通り、このようなどっちつかずの状態を面白がるための状況だけが設えられているわけではないことがわかる。それゆえに二つのフォーマットが同時に用いられることで生じる矛盾を考慮せねば、この作品で生じる観客みずからの期待や経験について反省したり、理解したりすることはできないだろう。
この問いに対して応える前にこの振付作品を創り出した豊田ゆり佳について紹介したい。豊田は立教大学でダンサー・振付家の砂連尾理のもとで学び、2021年に卒業。その後東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻へと進学して引き続き創作活動を継続している。豊田は、JCDNによるコンテンポラリーダンス新進振付家育成事業が主催するKyoto Choreography Awardでの奨励賞受賞や、コンペティションである「かつてなく自由にダンスを名乗るための煙が立つ会」(六行会ホール主催)での選考通過などの成果を残し、次の世代の振付家としてその実力を認められつつある。豊田にとってコンテンポラリーダンスとよばれる領域においてクリエイティビティを発揮するということは、新たな独自のスタイルを開発することや、これまで見られなかった主題を選びそれを体現する身体イメージを呈示することではない。むしろ豊田は以下のように述べる。
人と関わりながら作品を作っていて、自分の作品が人の手に委ねられ、その上でどんどん自分の考えを超えるような偶然性、ハプニングがどんどん起こっていくようなことを理想としていると思います。2)“KCA2024振付家インタビュー⑥ 豊田ゆり佳 振付家とダンサーの関係性を検証し、誰にも予想できない状況を作り出す”.コンテンポラリーダンス 新進振付家育成事業2025
作品において偶発的にムーブメントを生じさせる手法自体は決して珍しくない。とりわけタスクベースと呼ばれる振付方法は、まさしくダンサーごとの偶発性を引き出すための方法論である。豊田はタスクベースの作品を目指しながら、さらに以下のように踏み込んだ理想を語る。
でも、(上演中に)責任が押し倒されるような状況が起こる。誰かに責任転嫁したいわけではないですけど、責任は結局誰にあるのかということに興味があり、探っているところです。[…]そういう責任というか、誰が創っているのか、誰が評価されているのかということは、考えてはいます。3)“KCA2024振付家インタビュー⑥ 豊田ゆり佳 振付家とダンサーの関係性を検証し、誰にも予想できない状況を作り出す”.コンテンポラリーダンス 新進振付家育成事業2025
豊田はタスクベースなどによる偶発性が発揮させる上演を、ある責任が問われる状況として捉えている。その責任は、上演において偶発的に生じるムーブメントをいかにしてダンスであると認めるか、翻ってそれがダンスであるならば今ここで上演が成り立っていると認めるのか否かというものである。豊田は、その動きを「誰が」「いかにして」ダンスとして認めることができるのかという責任を問う。その「誰が」という問いの答えには、当然振付家やダンサーも含まれるだろう。豊田の想定においてさらに、そこへ観客も含まれる。上演に関わる様々な立場に立つ人たちが、今ここで展開しているムーブメントをダンスとして承認できるのであり、同時にそれゆえに誰も特権的にその立場に立つこともできない。振付家が作ったからと言って、その作品における動きがダンスであるとは限らず、ダンサーが呈示するからこそ即時的にダンスであるとも限らず、また様々な知見を持つ観客がそれに照らし合わせて納得がいくからこそダンスであるとも限らない。しかしながら、それぞれの立場に立つ人たちは、異なる立場が持つ専門性や能力を期待してもいる。ここで問われる責任を簡単に誰かが果たすことを約束することもできなければ、また誰かに押し付けることもできない。ただ、相互の信頼において誰かが果たすだろうという根拠のない期待の中を巡るのである。
豊田はダンスの上演を支える責任、上演において異なる立場に立つ人たちの関係に基づく責任を主題化し経験可能にしようと努める。それゆえ豊田が振付家として目指すのは、自らの作り出した振付や枠組みが即時にダンスとして認められてしまうことを問い直し、ダンス上演の成立条件を呈示することである。
註
| 1. | ↑ | “Organized Play オルガナイズド・プレイ 豊田ゆり佳 採択年度:令和7年(2025年度)”.文化庁メディア芸術クリエイター 教育支援事業 |
| 2, 3. | ↑ | “KCA2024振付家インタビュー⑥ 豊田ゆり佳 振付家とダンサーの関係性を検証し、誰にも予想できない状況を作り出す”.コンテンポラリーダンス 新進振付家育成事業2025 |

