「声なき声」の現在地――NODA・MAP『華氏マイナス320℃』/内田洋一
70歳になった野田秀樹が新作(作・演出)でひとつの原点にたちかえった。つづめて言えば、生命の根源を求める演劇的な旅ということになろうか。近作では原子爆弾の投下(『正三角関係』)やシベリア抑留(『Q:A Night At The Kabuki』)など第二次世界大戦を題材にする批判的作劇が顕著だったが、今回は劇団夢の遊眠社時代をほうふつとさせる無垢な少年性、古代神話、生命の進化といった「野田演劇」の故郷が色濃く出現した。『ゼンダ城の虜(とりこ) 苔むす僕らが嬰児(みどりご)の夜』(1981年)という、夢の遊眠社解散公演(1992年)でも上演された記念碑的作品に対し、自身による今日的応答を試みる舞台でもあっただろう。

作・演出=野田秀樹
2026年4月10日(金)~5月31日(日)/東京芸術劇場 プレイハウスほか
撮影=岡本隆史
骨から骨へ伝わる太古の記憶という奇想
開演前から舞台には人がいた。奥から手前にくだる傾斜面は雪原のような乳白色で、ホリゾントは鈍色のまだら模様でおおわれる。そうは見えにくいものの、巨大な洞窟という設定だ(堀尾幸男美術)。そこで数人が地面をこつこつ叩いている。あとでわかるが、骨を発掘しているのだ。上部に線が2本渡されて、これがカーテンレールとなる(白い布を横切らせて転換をはかる)。中央に大きな光の円が浮かび「オーマイゴッド!」と名乗りをあげてファウスト(橋爪功)が神の座に現れ、バベルの塔を建てた傲慢な人間を滅ぼすと宣言するが、メフィスト(広瀬すず)が堕天使として現れて待ったをかける。人間の欲望で世界を輝かせることができるかどうかの賭けが始まるのだ。その場には男(阿部サダヲ)と手話をする女(MISAKI)がいて、女は男の前に立って客席にアピールする。神と人間、その間をつなぐ天使(堕天使)による創世記的な「偽神話」がこれから語られ、そこで手話が重要な役割を果たすことが暗示される。


中盤はやはり難解だ。男は転じて、身体にハンディキャップのある少年のようなたたずまいのタスケテとなる。腕の骨が振動すると、古代へとつづく「骨伝導」なる回路を通して生命をめぐる太古の記憶があらわになる。ヘッドギアをつけられたタスケテが骨伝導で過去の記憶をよみがえらせると、舞台は時間を超えるエレベーターによって現代、中世、過去を往還し、遺伝子レベルの生命の根源へと突き進む。遺伝子研究から革命的新薬をつくろうとする製薬会社ウーロン・チャー会長(高田聖子)やウーロン・デスマスク社長(橋本さとし)の野望と抗争、窮理教授(深津絵里)の研究動向、マウスを追い立てるハーメルンの笛吹き男(大倉孝二)などがからんで、大方の観客の頭を惑乱させる混沌としたやりとりとなる。




骨が発掘される洞窟はいわばタイムトンネルなのだろう。これがやがて羊水の世界とも感じられてくる。舞台上にフラスコのような形が光で浮き出ると、遺伝子工学の実験というイメージも帯びる。バベルの塔のエレベーターの乗降場所も出現する。漫画的といえば漫画的ながら、妄想の磁場が実在として出現する超現実的舞台は「わからないけど面白い」といわれた夢の遊眠社時代の再来を思わせるものだった。近年の作のなかでも、入り組んだ複雑さが際立つ舞台ではある。

阿部サダヲの受け身の演技が軽みを保っているのが見事で、大倉孝二の恐怖劇への転換や広瀬すずの疾走する身体も印象深い。
このドラマの奇想の見立てはこういうものだ。肉体が滅んでも骨は残る。人の記憶は太古より骨から骨へと伝えられ、現在まで連綿とつながってきた。人が生きるために骨があるのではなく、本当は骨が生き残るために人体が使われてきた。血ではなく骨が生命の情報を伝導する――。




