空間満たす「魂の語り合い」――兵庫県立芸術文化センター『明日を落としても』/濱田元子

作=ピンク地底人3号
演出=栗山民也
2025年10月11日(土)~16日(木)/兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールほか
撮影=飯島隆
阪神・淡路大震災から10年経った2005年10月に開館した兵庫県立芸術文化センター(兵庫県西宮市)が、20周年を迎えた。「心の復興」のシンボルとして、阪急西宮北口駅直結の好立地に建設された公共劇場である。
震災から30年となる節目、関西拠点の気鋭劇作家・ピンク地底人3号(以下、3号)が書き下ろしたのが『明日を落としても』だ。東京・EX THEATER ROPPONGI(10月22日~27日)での公演を見たが、生と死のあわいで紡がれる繊細な台詞に胸が塞がれる思いがした。「魂」を劇場に呼び起こすような栗山民也の研ぎ澄まされた演出が、人生の無常といまの世界の不条理を浮かび上がらせる。
舞台は神戸にある老舗の桐野旅館。社長の弟で従業員でもある桐野雄介(佐藤隆太)と、旅館で働くことになった定時制高校生の神崎ひかる(牧島輝)の2人を軸に、30年前の過去と現在、生者と死者が時に重なりながら展開していく。
投げやりで仕事もいい加減な雄介は、高校時代はボクシングの選手だった。ひかるに自分をダブらせ、仕事と同時にボクシングを教えるうちに、2人の間に通じ合うものが生まれていく。これまでもボクシングをモチーフに作品を書いてきた3号だけに、メタファーとしての利かせ方も上手い。ボクシングを殴り合いだと非難するひかるの母・真美(富田靖子)に「拳を通して、魂で語り合ってるんです」と返す雄介の言葉は、物語のラストまで響きを残す。
観客はわりと早い段階で、ひかるや真美、女将だった京子(田畑智子)が震災を境に亡くなっていることに気がつく仕掛けだ。だからこそ、雄介も含め、ひかるや京子がたくさんの「明日」を重ねていくことを信じて疑わない台詞に、ヒリヒリとした痛みと哀しみが襲ってくる。
納棺師の経験がある3号は、演劇を「そこにはいない人を呼び込むための儀式」と語る。突然、「明日を落とした」人々だけでなく、あの日から数えきれない「明日」を重ねている人たちの喪失に丁寧に寄り添い、再生へのかすかな希望の灯をともす。
栗山の抑制の利いた、心象をえぐり出すような演出に、俳優陣が言葉と身体で応える。佐藤は過去と現在をうまく対象的に。真美への思いも含め、深い喪失を抱えた現在の雄介の姿が心に迫ってくる。牧島が無気力な態度から、生に前向きになっていくひかるの変化を鮮烈に見せる。佐藤と牧島のボクシングのシーンは、シャープな身体性で、本当に魂で語り合っているように見えてくる。旅館の庭につるされた赤いサンドバッグも雄弁だ。
しっかり者の女将の田畑、周囲を大らかに包み込むフロントの緑川の四方春海がいい味で、旅館のリアリティーを醸す好演。過去と現在を結節する鍵ともいえる、飛び込み客役の酒向芳の不思議な存在感が、芝居に独特な手触りを与える。
多くの人が亡くなり、街の壊滅的な被害を与えた阪神・淡路大震災は、その前から計画されていた芸文センターの計画にも影響を与える。芸術監督をつとめていた劇作家の山崎正和が「おにぎりも文化も」と訴え、生活再建を進めるなかで予算は縮小されたものの建設に至った。いまや地域の人々に愛され、街の魅力向上にもつながっている。「劇場文化」の意味を改めて考えさせられる。


