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■他のものはいらんだろう

西堂 その時に東京裁判を扱った他の作家の作品は読みました? 例えば、井上ひさしの「東京裁判三部作」(『夢の裂け目』(2001年初演)『夢の泪』(2003年初演)『夢の痂(かさぶた)』(2006年初演))。

野木 読んでないです。

西堂 井上ひさしは東京裁判をライフワークにしてました。

野木 はい、知ってます。

西堂 一切、読まず。

野木 一切。

西堂 それはあえて読まない、もしくは気にしたらまずいとかそういうのもあったんですか。

野木 そのお客様のせいにするのもあれなんですけど「パラドックス定数の東京裁判が見たいんです」と言われた以上、他のものはいらんだろう、と。

西堂 井上ひさしも関係ない?

野木 はい

西堂 なるほど。その踏ん切り方が素晴らしいですね。野木さんはドラマトゥルクって知ってますか。

野木 知ってます。

西堂 野木さんの周りにはドラマトゥルク的な人はいらっしゃいますか。

野木 一回いて大失敗したので、もう二度と関わらないようにしています。

西堂 ドラマトゥルクがそばにいると、「井上ひさしはこんなのやってるよ」とか他の作品をどんどん持ってきたりするんです。

野木 そうなんですか。

西堂 そういう仕事がドラマトゥルクの一つです。今までやられてきたものを調べ上げて「これ以外のことをやってください」と。でもそういう人は幸か不幸かいなかったと。

野木 そうですね

西堂 一人でやっていたという感じですか。

野木 はい。

西堂 そうすると、完全に自分の独創性の中だけで創り上げていく。

野木 そうですね、頭の中と稽古場と……。

西堂 文献とかたくさん読まれたりする方ですか。

野木 読みはします。でも多いとは言えないと思います。

西堂 でも作家って「誰かがすでにやっていた」ということが怖くて、いろいろ渉猟するわけですよね。

野木 渉猟?

西堂 かぶっちゃまずいと思って漁るわけですよ。

野木 でも誰かはもう絶対やってますよ。

西堂 それでもやってないところを見つけてやったのが井上ひさしの仕事だったんです。ありとあらゆるものを集めて「ここだけはやってない」というのが彼の売りだったんですよ。(野木さんは)そういうことはあまり関係なく、パラドックス定数の東京裁判だからかぶりようがないと。

野木 ごめんなさい。かぶるとか、かぶらないとかまで考えなかったです。

西堂 ではわりと無邪気にやられていた感じで。

野木 そうですね。

西堂 七三一は、ほぼ似たような時期にわりと同時代の先鋭的な人たちが書いていた。それに関して思うところはありますか。

野木 ……ないですね。

西堂 全然気にされなかった?

野木 ……はい。

西堂 なるほど。分かりました。

 

■自分を超えた創作

西堂 ではこれからは野木さん自身がどんな風に新作を書いているのか、いろいろ創作の秘訣をお伺いします。例えば、この前の『vitalsigns』(2021年)は非常に不思議で、ある種SF的な作品で、(他の人が)思いつかないようなことを思いついてしまっている野木さんの頭の中はどうなってるのかなと思いました。

野木 私、外側の感覚が強いんですよ。恥ずかしいことを言うんですけど、散歩していると、現実にはいない男の人が突然頭の中にフッと現われる。「あれ? この人、どこにいるんだろう? 狭いところにいるなぁ。あ、潜水艇の中にいるわ。何しに行くんだろう?」という感じ(で彼を観察していく)。

西堂 ある種の妄想?

野木 妄想ですね。

西堂 その妄想を追いかけていく。そうすると段々と男の人の声が聞こえてきたりする。

野木 そうです。

西堂 その声をほとんど写すように書いている。

野木 写す……? 腹立たしいことに、全部はっきりとは聞こえないんですよ。焦っているとか、言い争いをしているとか、困ったことになっているというのは分かるんですけど、それがなんだ? どうした? という感じなんです。

西堂 でもそれって半ば野木さんの頭の中で作り出した人物ですよね?

野木 そうなんですよね。

西堂 自分の声を聞いているというのとはまた違うわけですか。

野木 自分の声ではないですね。その男の人の声でしたね。

西堂 その男の人の声に自分が投影されるとかとはまた違うんですか?

野木 (男の人がしゃべるのが)私の考えていることだということは分かるんですよ。でも私が論理的に振り絞って出てくるものではない。なんでそんなこと言ったの? ということが多発するので、ずっとそれを見ていく。

西堂 そうすると、野木さんの中にもう一人別の人がいるみたいな感じですか?

野木 登場人物が5人なら(私の中に)5人います。

西堂 日常生活でそれ(妄想)をすると危ないですよ。

野木 かつて(妄想しているところを)劇団員に見つかったことがあるのですが、 あれはひどかったですね。劇団員から「(この世でないところに)いっちゃってる」と言われました。「野木さんやばい! 本当にやばい! 電車に乗っちゃダメ!」と。

西堂 それくらい狂気に近いところで書かれているということですね。

野木 どうなんでしょう……。説明できればいいのですが……。

西堂 そういうもの(実在しない男性など)をおびき寄せるような作戦はあるんですか?

野木 ある日突然来ますね。「来たな? あなたか」と。

西堂 それは宇宙人みたいなもの?

野木 そうですね。

西堂 そうすると、あの『vitalsigns』という作品は、野木さんにとっては当たり前の現実だったんですね。

野木 当たり前の現実? 「いいえ、あれはお芝居です」という返しはおかしなことになりますか?

西堂 うん。捏造したというよりは、聞こえたものをある意味、自動筆記的に書かれたものだから……。

野木 経験上、自動筆記に一番近い形で書けると一番良いもの(物語)が出てきます。フッと出てくるのがベストだと自分は判断します。

西堂 それは創作の秘技ですね。自分の考えていること、思っていること、知っていることを書くのではなく、自分を超えたものを書くという感じですか?

野木 答えになっているかどうか分かりませんが、例えば史実を題材にした物語を書くときは、登場人物は全員軽く私を超えているんですよ。お芝居とアルバイトしか知らない私が何でこんなものを書かなきゃならないんだ、と。私が(登場人物たちを)追いかけていくという感じですね。

西堂 他者と対話をしながら、超えちゃっている自分を追いかけるのは……辛くないですか? そういう存在に脅かされませんか?

野木 先程の馬と繋がりますが、逃がしてなるものかと、必死で並走する感じですね。逃がさない。

西堂 その宇宙人を?

野木 そうですね。宇宙人だったり宇宙人と向かい合っている人だったり。

西堂 なぜこんな風に自分が思いついちゃったのかって、あとになって振り返って不思議に思いませんか?

野木 思いついたという感覚がないんですよ。「あ、来たな。出たな」っていうだけなんです。

西堂 やっぱりUFOですね。未確認物体がそこにいる。

野木 そうですね。最初は「あなたは誰だ?」から始まりますので、ある意味そう(UFO)だと思います。

西堂 自分とは何かというよりは、あなたは誰か。

野木 そうです。

西堂 それが独特の入射角なのかな。それが戻ってくる時に、自分がちょっと解明できることはありませんか? 他人は何かってことを考えると、結果として自分に戻ってくる。もしかして戻ってこない?

野木 戻ってこない。

西堂 もう遊離しちゃってる?

野木 他人ですから、他人のものを見ているという感じですね。

西堂 だけど、それを自分で見ているわけですよね? 自分で書いているわけですから、自分だということは確証があるわけですよね?

野木 書いてる確証?

西堂 うん。だから自と他みたいなものが、完全に分裂しているっていうか。

野木 分裂しててほしいって願っているのかもしれません。書いてるのは自分なので、絶対に野木萌葱の考えとかが出てきてると思うんですけど、それを認めたくないというか、それを懸命にシャットアウトしようとしてるところはあります。

西堂 離れれば離れるほど作品として鋭くなっていく、作品としてインパクトを持つ、というのはあると思うのですが。

野木 他人と離れる。ああ、(他人を)見ちゃうなあ。

西堂 野木さんの一つの発想というか、創造の一端を垣間見られたという感じがします。あんまり垣間見ない方がいいか(笑)。