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■切り詰めた文体とあてがき

西堂 野木さん自身が参考にしたり、好きだったりする劇作家はいらっしゃいますか? (自分以外の劇作家の本、)読まれます?

野木 学生時代は読みましたけど、この頃はまったく(読みません)。

西堂 学生時代に読んだもので、自分が影響を受けたり印象に残ったりしているものはありますか?

野木 本じゃないけど、やっぱり野田秀樹さんと三谷幸喜さん。

西堂 具体的にどういうところが?

野木 そう言われると……影響を受けたのは、翻訳家の方です。映画の字幕スーパーの。時々「誤訳だよ」とか言われちゃったりする戸田奈津子さん。

西堂 どういう影響なのですか?

野木 必要な言葉だけをガツっと。

西堂 要するに、言葉の圧縮度みたいな。それは、一つの文体ですね。

野木 戸田奈津子さんみたいな文体を書こうと思ったことはないんですけど、ああいう、余計なこと(を省く)というか、回りくどいのは嫌だ、みたいな(ところに影響を受けています)。映画だからテンポよく感じるんでしょうが。

西堂 字幕ですからね。本当に切り詰めた言葉だけ残るので。ご自分の文体も切り詰めていくというか、テンポのいい会話を考えていますか?

野木 考えるというか、これ都合が良いんですけど、(頭の中の登場人物たちに対して)「頼むよ」って感じです。

西堂 あんまり長台詞を書かない?

野木 はい。

西堂 ですよね。わりと短い台詞が、ポンポンポンと4、5人の中で交わされていく。それは、俳優の集団に対する信頼とかリスペクトがなせる業ですか?

野木 それはあります。

西堂 それはあてがきとはちょっと違いますか?

野木 あてがきです 。

西堂 あてがきっていうと、この人には普段こんなところがあるけど、もう少しほじくってみようかっていうような人物の造形が、この言葉に秘められているような気がするのですが。

野木 それもやりますし、あてがき集団戦みたいなこともやります。

西堂 5、6人で一つのことを語るみたいな感じですか?

野木 (そういうことは)ありますね。

西堂 俳優一人一人の違いを前提にしながら書き分けているってことですか?

野木 登場人物が5人だとしたら、その登場人物たちと実際に演じる役者5人が二重映しみたいになるんですね。都合の良いことが頭の中で起きているんですけど、(それぞれを演じる役者と)似た口調でしゃべるよう(頭の中の登場人物たちに)頼むのが少し効いていると思います。(役者と登場人物が)交差するところを狙っているみたいな。何を言っているんでしょうね? テンポと口調(への意識)は絶対に頭の片隅にありますし、「ああ、この俳優さんサ行苦手なんだよな」とかそういうことも考えます 。

 

■他劇団への書き下ろし

西堂 最近、青年座とか新国立劇場とかKAAT 神奈川芸術劇場とかから書き下ろしを頼まれてやっていますね。その時の書き方と、パラドックス定数での書き方は微妙に違いますか?

野木 違いますね。青年座さんはもう何度かやらせていただいているので知っている俳優さんもいらっしゃるんですけど、外部に書く時は俳優さんの写真を並べてずっと見ています。

西堂 この前の横浜の芝居(『湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。』(2021年))の大久保鷹みたいに、劇作家が書いたことを平気で裏切るような役者がいるじゃないですか。そういう人に対して野木さんはどうするんですか? もうその人に任せちゃうんですか?

野木 鷹さん、裏切らなかったんです。

西堂 そうですか(笑)。いつも裏切っていると思っていました(笑)。

野木 そういう話は聞きました。

西堂 じゃあ意外に野木ファンだったんだ。

野木 私の頭の中のイメージとまったく同じではありませんが……。

西堂 意外にきちんと(野木さんの書いたものを)採用してくれたんですね。あと、新国立劇場の『骨と十字架』(2019年)っていう作品は、まるで翻訳劇のような文体で書かれていた記憶が僕の中にあるんですが、題材によって少しやり方を変えることもあるんですか?

野木 『骨と十字架』は、「翻訳劇みたいな文体にするぞ」とは思わなかったです。自然に(そうなった)。登場人物が全員カトリックの神父様なので、とても丁寧にしゃべるんですね。これは私の妄想なので、司祭、シスターの方がいたら申し訳ないんですけど、そういう方々については「丁寧な口調で喋ってるんだから文句言わないよね、あんた」とお互い牽制しあってるところあるんじゃないかなと思って。口調は丁寧なんですけど実はものすごくひどいことを話しているというのを書きました。

西堂 青年座でやられた『ズベズダ-荒野より宙へ-』(2021年)は科学の話です。これも調べて調べて調べ抜いて書かれたんですか?

野木 そうですね。調べたなあ。「分からん」って泣きながら。

西堂 こういう題材でやってくれというオファーがあったんですか?

野木 違います。

西堂 あ、違う。

野木 また来た。

西堂 あ、UFOが来ちゃった? でも、すごく理屈っぽい芝居でしたよ。(観客が)勉強させられちゃうみたいな。

野木 長かったでしょ? でも本の段階ではもっと長かったんですよ。私も削って、青年座さんも削ってくださって、削りに削っても三時間だったので、本当に必要なところだけ(しか上演できなかった)。だからそう(理屈っぽく)なってしまった……。

西堂 他劇団に書き下ろすときに書きすぎちゃうのは、(よく知っている人たちではないから)説明しておかないと、という思いが働くからですか?

野木 いや、題材に尽きると思います。

西堂 演出家であれば、現場で処理すればいいという知恵が働きますよね。でもやっぱり演出家に託すとなると(野木さん自身で作・演出をされるときとは、書き方が)少し違ってきますか。それともあまり変わらなかった?

野木 自分の劇団に書くときには、余計な長ったらしいト書きをたくさん書いてしまうんですよ。劇団員たちや客演さんには「小説だ、へへ」って笑われるんですけど。(若い頃は外部への書き下ろしでもそうやっていたんですが、)大量のト書きがあることを「嫌だな」って思われる演出家さんがいて。演出家の仕事を奪うとまではいかないんですけど、こっちのイメージを押しつけている。だから、それを極力やめて必要最低限のト書きにしていたんですけど、やはり自分の癖で長くなっちゃう。その話をしたら、「長く書いて!」って言う演出家もいたので、じゃあ戻してみるかと思って、横浜の芝居(『湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。』)と『ズべズダ』からト書き解禁みたいになりました。

西堂 横浜の芝居の演出家はシライケイタですね。彼はト書を長く書いてくれ派ですか?

野木 (シライケイタは)何も言わなかったです。こっちが「ト書きガタガタ書きます! すみません」って(一方的に)言いました。

西堂 演出家との共同作業において、いろいろ綿密な打ち合わせみたいなものがあったりなかったりするんですか?

野木 どの時点でどの状態を綿密と言うかによりますが、私の基準だとそんなに綿密じゃない。でも濃度は高いみたいな感じです。

西堂 ト書きの書き方も作家によって随分違っていて、ト書きとは言えないような、小説の地の文みたいな文学的なト書きを書く劇作家もいますしね。今日は野木さんの演劇人生と、創作の秘話を伺ってきました。最後に野木さんの今後の抱負を聞いて終わりたいと思います。

野木 前までは年間3本かなりハイペースに上演していましたが、疲弊して、最近は本数が少なくなっています。しかし、やりますのでお待ちください。もし(私の名前を)見かけたら、「あ、諦めずにやっているんだな」と思っていただければ幸いです。本当にありがとうございました。

西堂 本当に今日は貴重な話、ありがとうございました。野木萌葱さんの劇世界に触れるいい機会になりました。ますます野木さんの演劇は目が離せないと改めて思わされました。

(編集協力=青田千穂、勝又萌衣、清水楓、種田れな、布施萌子、堀口あおい)