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札幌座 Pit『カフカ経由シスカ行き Bound for Sisca via Kafka』
作・演出=齋藤歩
2023年12月1日(金)~6日(水)/扇谷記念スタジオ シアターZOO
撮影=高橋克己

 札幌は人形劇が盛んな都市である。日本で最初の公立人形劇専門劇場であるこぐま座と、やはり公立人形劇専門劇場やまびこ座では、ほぼ毎週末に、主に子供向け人形劇が上演される。やまびこ座では教育普及活動も盛んに行われ、その成果はさっぽろ人形浄瑠璃あしり座(1995年創設)や、毎年20~30本ものアマチュア人形劇作品が参加する札幌人形劇祭(1972年創設)などに結実している。そのほかやまびこ座では、札幌人形劇協議会による人形劇フェスティバル、札幌市児童会館による人形劇フェスティバル、こぐま座・やまびこ座合同のパペットユーススクール・パペットカレッジなど、多くの人形劇に関する企画が実施されている。欧米においては、特に1980年代以降、ニューマテリアリズムの影響を受けて物体そのものの素材性から演劇的想像力を働かせる「オブジェクト・シアター」が発展した1)ニューマテリアリズムとオブジェクト・シアターの関係については、AICT-Japan主催「思考の種まき講座26 人形劇あるいはオブジェクトシアター:物と人の新しい関係」(2023年12月10日、山口遥子)において教えられるところ大であった。。それに対して日本では、人形自体に人格を付与する、古典的な意味での人形芝居が主流とされる。それにしても、現代人形劇というジャンルにおいて、人形製作・稽古・公演・記録が有機的に結びつきながら、これほど大規模に行われている都市は珍しい。

 日本における現代人形劇というジャンルは、一方で人形浄瑠璃など古典的な技芸から影響を受けつつ、他方でテレビ文化や教育産業と深く関わるという独特の発展を遂げた2)人形劇団プーク、人形劇団ひとみ座など現代人形劇を代表する集団は、いずれも勃興期のテレビ文化と関わることで活動を拡大させてきた。プークについてはhttps://puk.jp/、ひとみ座についてはhttps://hitomiza.com/を参照。。そうした過程で技術や方法論が確立される一方、同時代の俳優演劇や欧米の人形劇に比較して、ジャンルそのものをラディカルに問い直すような運動の潮流に欠けたと言えるかもしれない。俳優演劇が生身の人間の行為という絶対的な制約を抱えるように、人形劇は「話し演技する主体が、自分自身の属性ではない自分以外の声と動力源を一時的に利用するという」3)ヘンリク・ユルコフスキ『知的冒険としての人形劇』加藤暁子訳、新樹社、105頁。基本的な構造によって制約されている。人形劇と俳優演劇は、隣接するジャンルでありながら、全く異なる構造的特徴による制約をそれぞれ抱えている。その両者が文字通り出会うことによって、人形劇という様式を遊戯的に問い直し、それによって北海道の地域的な特殊性を普遍的な歴史的・文化的問題へと接続させる上演が行われた。札幌座 Pit『カフカ経由シスカ行き Bound for Sisca via Kafka』(作・演出=齋藤歩、2023年12月1~6日、扇谷記念スタジオ シアターZOO)は、人間とモノにおける相補的な関係を、無数に乱反射する「わたし」と「あなた」の関係性へとつなげることで、俳優演劇と人形劇それぞれの可能性を示した。

 北海道の北の果て、抜海(ばっかい)の海岸の一本道。一本の木と切り株。旧知の俳優(齋藤歩)と人形劇師(沢則行)とが出会う。俳優は一冊の本を持っているが、それには何も書かれていない。人形劇師が持つ女神像は礼文島のカフカ(香深)で発掘されたもの(のレプリカ)、俳優が持つ木彫り人形「セアポロロ」はサハリンのポロナイスク、かつてシスカ(敷香)と呼ばれていた町で先住民族ウィルタによって作られたものだと語られる。彼らはこの人形で何か物語を作ろうとするが、うまくいかない。また帽子から出てきたマイクロカセットテープに録音された留守番電話を再生するが、一人の女性の「もしもし、わたし。あのね…」という言葉しか聞こえない。人形劇師が呼ぶと、何処からか二人の人形遣い(田川陽香・縣梨恵)が現れる。ドタバタの中で、俳優の持っていた本に物語が記されている。こうして劇中(人形)劇が始まる。①切り株から生み出された人食いの子「オテサーネク」についてのチェコ民話、②礼文島の瑪瑙(メノウ)浜の起源譚、③同じくチェコの土人形「ゴーレム」民話、そして④抜海に不時着したロシアの空軍兵士と礼文島出身の娘の物語「カフカ経由シスカ行き」が、それぞれ俳優の語りと人形遣いたちの人形によって演じられる。やがて物語が全て終わり、日が暮れた後も海岸に残る二人。人形劇師は、俳優に「人形になってみないか」と誘い、俳優を人形に見立ててステップを踏ませる。軽やかに二人が踊るところに、ミサイルが着弾する…。

 田舎道と一本の木、二人のくたびれた初老の男性、靴を脱ごうとする身振りなど、一瞥してこの作品が『ゴドーを待ちながら』を下敷きにしていることが分かる。「物語を失っちまった俳優と人形劇屋」である彼らは、舞台上でも自分自身(齋藤歩と沢則行)として振る舞い、しばしば観客の反応に対して即興的に応答する。彼らはコメディア・デラルテの俳優のように、自在に虚構と現実の境界を引き直し、またそれを越境する。12月5日の夜公演では、観客に語り掛ける俳優に対して、人形劇師が「海に向って何話しかけてんだ」と即興的に応じた(翌日の公演ではこのやり取りは存在しなかったため、即興と考えられる)。現実の俳優と観客、虚構の俳優および人形劇師と海という、二つの異なる演劇的位相が重なった瞬間である。

 こうした虚実の越境的振る舞い4)演劇学者ゲルダ・バウムバッハは、人文主義演劇に端を発する「芸術演劇(Kunsttheater)」の伝統とは異なる、異教的・異端的背景を持ち、俳優が踊りや歌やアクロバットなどの身体的技芸を通じて観客と直接コミュニケーションを行う演劇の伝統を「演劇技芸(Theaterkunst)」と名付け、そこで用いられる演技スタイルを「コメディエスタイル」として体系化した。コメディエスタイルにおいて重要なのは、俳優が虚実の境界を絶えず遊戯的に越境し、それによって虚と実の「二重の場」としての俳優存在を明示することである。以下の資料を参照。Gerda Baumbach: Schauspieler. Historische Anthropologie des Akters. Band 1. Leipzig 2012, S. 200-257; Gerda Baumbach: Leipziger Beiträge und Theatergeschichtsforschung. Einführung der Reihe. In: Corinna Kirschtein (Hg.): Theater Wissenschaft Historiographie. Leipzig 2009, S. VIII-XLI.は、西洋においては様々な茶番劇の伝統、日本においてはコントや漫談といった演芸においても見出すことができる。ただしこの作品が特殊なのは、やがて二人の振る舞いが俳優と人形劇師(本人は「フィギュア・シアター・アーティスト」と名乗る)という、異なる専門性を持つ表現者のそれへと差異化されていく点である。俳優の脱ぎ捨てた靴を人形劇師が取り上げ、右手にはめて操る。5日の夜公演では、俳優によってやはり即興的に、人形劇師がモノを動かす時の独特の身体性について指摘された。いわく、モノに喋らせる時、人形劇師は自然と右足を引いて腰を落とす。すると表現上の焦点が人間ではなくモノに移動するというわけである。一方人形劇師は、俳優に比べて自分は語りが専門ではないからと、靴に合わせて発語することを俳優に求める。こうした相互に異なる身体的専門性から、他者との邂逅という本作品の主題が浮かび上がってくる。4つの劇中(人形)劇では、手遣い人形、糸操り人形、棒遣い人形、抱え遣い人形、被りもの、影絵など、異なる形式の人形劇が次々と用いられる。形式や方法論だけではなく、物語の内容においても、異なる民族、時代、文化、言語の出会いと、それにまつわる様々な悲喜劇が主題化される。

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1. ニューマテリアリズムとオブジェクト・シアターの関係については、AICT-Japan主催「思考の種まき講座26 人形劇あるいはオブジェクトシアター:物と人の新しい関係」(2023年12月10日、山口遥子)において教えられるところ大であった。
2. 人形劇団プーク、人形劇団ひとみ座など現代人形劇を代表する集団は、いずれも勃興期のテレビ文化と関わることで活動を拡大させてきた。プークについてはhttps://puk.jp/、ひとみ座についてはhttps://hitomiza.com/を参照。
3. ヘンリク・ユルコフスキ『知的冒険としての人形劇』加藤暁子訳、新樹社、105頁。
4. 演劇学者ゲルダ・バウムバッハは、人文主義演劇に端を発する「芸術演劇(Kunsttheater)」の伝統とは異なる、異教的・異端的背景を持ち、俳優が踊りや歌やアクロバットなどの身体的技芸を通じて観客と直接コミュニケーションを行う演劇の伝統を「演劇技芸(Theaterkunst)」と名付け、そこで用いられる演技スタイルを「コメディエスタイル」として体系化した。コメディエスタイルにおいて重要なのは、俳優が虚実の境界を絶えず遊戯的に越境し、それによって虚と実の「二重の場」としての俳優存在を明示することである。以下の資料を参照。Gerda Baumbach: Schauspieler. Historische Anthropologie des Akters. Band 1. Leipzig 2012, S. 200-257; Gerda Baumbach: Leipziger Beiträge und Theatergeschichtsforschung. Einführung der Reihe. In: Corinna Kirschtein (Hg.): Theater Wissenschaft Historiographie. Leipzig 2009, S. VIII-XLI.