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アルファ劇場の人形と人形遣い(撮影筆者)

はじめに

 チェコ最大の国際人形劇フェスティバル≪スクポヴァ・プルゼニュ≫は、今回「日本の人形劇」をフォーカスして、2020年10月14日から5日間の日程で開催される予定だった。結論から先に言えば、このフェスティバルは中止となった。欧州の新型コロナウィルス「第二波」の影響を受けて、開催のわずか一週間前にチェコ国内の劇場再閉鎖が決定されたからである。
 チェコと日本の両国にまたがるフェスティバル・チームは、操り糸で吊られた人形さながらに政府の諸策に振り回され、文字通り「サスペンス」な状況だった。が、そう言っては人形遣いに失礼かもしれない。人形遣いは、人形が自然の威力(重力)に振り回されないよう、当意即妙に重力と戦いつつ、人形の動きの自由を守っているからである1)ハインリヒ・フォン・クライストは『マリオネット劇場について』(1810)で糸繰り人形の重力に反した動きを魅力としたが、実際のところ人形遣いはいつの瞬間も自分の体にかかる重力以上に、人形にかかる重力を感じている。重力を忘れて手を振り回すと人形は操作不能になる。振り子のような人形の揺れをその都度止める動作を習得することが、糸操り人形遣い修行の第一歩である。観客から見える「反重力」的な動きは、人形遣いによる精緻な重力のコントロールによって成り立っている。。人形遣いが人形を重力から守っているほどに、日本政府が国民を守ろうとしたかといえば、かなりあやしい。
 チェコでは2020年11月現在も劇場閉鎖が続いており、人形劇界が元のような活動水準を取り戻すまで一体あとどれほどの時間が必要なのか、予測も立たない。世界中のどの人形劇場も、これまでと同じ活動を続けるわけにはいかなくなった。連続が断ち切られ、状況が刻一刻と変化する中、新たな試みをどんどんと繰り出していく必要に迫られている。たしかにコロナ禍以降これまでの9ヶ月間、劇場は閉鎖され、制作は滞り、リハーサルもままならず、劇団員は意気消沈し、創造活動にとっては恐ろしいほどの停滞期だった。しかし人形劇や劇場のあり方そのものをめぐる思考や試行についていえば、長い長い人形劇の歴史の中でも、かなりクリエイティブな9ヶ月であったということもできるかもしれない。
 まだその「クリエイティブ」な期間は継続中である。この期間のなかに生まれた一つの「創造」のドキュメントとして、わたしが2019年から準備に携わってきた人形劇フェスティバル≪スクポヴァ・プルゼニュ≫の中止に至るまでの経緯を記しておきたい。併せて、日本人形劇界のコロナ禍での状況と、欧州における人形劇フェスティバルの実情についても情報提供できればと思う。いずれも、日本の演劇界ではあまり知られていないようだからである。

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1. ハインリヒ・フォン・クライストは『マリオネット劇場について』(1810)で糸繰り人形の重力に反した動きを魅力としたが、実際のところ人形遣いはいつの瞬間も自分の体にかかる重力以上に、人形にかかる重力を感じている。重力を忘れて手を振り回すと人形は操作不能になる。振り子のような人形の揺れをその都度止める動作を習得することが、糸操り人形遣い修行の第一歩である。観客から見える「反重力」的な動きは、人形遣いによる精緻な重力のコントロールによって成り立っている。