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コロナ禍と演劇界の現状をめぐって

出席者=嶋田直哉(司会 シアターアーツ編集長)/柴田隆子(シアターアーツ編集部)/野田学(シアターアーツ編集部)/小田幸子(国際演劇評論家協会日本センター事務局長)/鳩羽風子(シアターアーツ編集部)

超、リモートねもしゅー2『保母超ウソツキ♥』(脚本・演出=根本宗子)

嶋田(司会) まだまだ規制は多いですが、劇場も次第に再開しつつあります。皆さんが今日(2020年8月27日)までの間に劇場に足を運んで、感じたことなど自由にお話して下さい。

柴田 劇場スタッフの皆さんが感染対策に本当に気を配っていること、それに尽きるかと思います。また役者の皆さんも稽古をすること自体がかなり厳しい状況にあると推測します。先ほどから「もっとできたはずだ」、というようなお話が出ていますが、三密をつくらない環境で、稽古をすることはとても難しいと思います。私は作品を見に行く前に、役者たちが、どのように稽古しているのか、また作品そのものが制作されているのかを可能な限り確認してから、劇場に足を運ぶことにしています。コロナ禍の厳しい環境の中で、普段だったら演技のこと、作品のことだけ考えればいいはずなのに、マスクやフェイスシールドをつけて、さらに密状態を避けるように稽古することは、ものすごく負荷がかかっているのではないかと推測します。なので、先ほど言ったように、好むと好まざるとにかかわらず、メタシアター的な部分が、どうしても出てしまうと感じています。
 ただ、私も劇場が再開してからは、今日まで、そんなにたくさん作品は見ていません。また、しゃべらないダンス作品などは、わりと密な状況の作品も見てきています。ストレートプレイは言葉があって、声を発するので、その分ものすごく大変なのではないかと思いました。

野田 先ほど少し話が出た燐光群の『天神さまのほそみち』はよかった。ひたすらメタランゲージで人を追い詰めていく人物が、舞台上でぼこぼこにされてしまう場面があるのですが、別役作品でここまであからさまな暴力が出てくることは珍しい。そんな場面で、正直な話、一種のカタルシスさえ感じた自分がいたんです。その時に、コロナ禍において自分の中で抑圧されていた危険な傾向を自覚させられた気さえしました。状況に対して「緊張感を持って注視しています」としか言えない政治にイライラしている自分がいる。動いたら動いたで、的外れなことをやっている政治にイライラしている自分がいる。すると自分の中で暴力的な傾向がいつの間にかたまっていく。不安になりますよね。それに気づかされたんです。
 あと、新国立劇場で上演した長塚圭史(作・演出)の『イヌビト~犬人~』(2020年8月@新国立劇場中劇場)は、コロナ禍状況にかなりストレートに反応していたという意味で、私が観た初めての作品になりました。イヌビトになってしまうという新型狂犬病の感染をコロナに擬して、閉塞的・排他的な社会の風潮を批判した作品です。これだけ早く、それもあれだけ充実した作品が出てくるというのは感心しました。

小田 今回『赤鬼』を見たときに改めて気づいたは、芝居というのは肉体がぶつかり合って、叫んで、つばを飛ばして、汗をかいて出来上がるということでした。稽古もなかなかできないのだろうという柴田さんのお話もよく分かります。能や狂言の場合は、普通の演劇作品と比較した場合に、そんなに稽古をしなくても上演できるという特徴があります。コロナウイルス対策としては前後左右を一席ずつ空けた市松模様の座席と、普通に行われている感染対策、それから役者の間の距離を取っています。
 これまでの公演と一番大きな違いは、地謡2列8人を、人数を減らして1列5人ぐらいにして、黒やブルーの覆面を垂らして歌うあたりでしょうか。地謡の音量なども少し減るのですが、もしかしたらやっていることは、以前とあまり変わらないかもしれません。そこは非常に興味深いと思いました。中止を余儀なくされた公演が多かったですが、比較的早い段階からオンライン配信も実施されています。

嶋田 私はオンライン劇に興味を持ち、いくつか作品を鑑賞しました。オンライン配信なので、パソコンの前で鑑賞しました。メディアにもよく取り上げられ、ネット上でも話題の劇団ノーミーツの第2回公演『むこうのくに』(2020年7月)を見ました。これは、これは従来のいわゆる「演劇」作品ではなく、コロナ禍に登場した新たな表現形式と考えるべきでしょう。大げさな言い方をすれば、新たなジャンルが誕生した感じがしました。かなり高度な映像技術駆使して、リアルタイムで配信している点は実に驚異的です。このリアルタイムの感覚を醸し出すべく、同一の公演を鑑賞している視聴者が打ち込んだコメントを、画面に同時に流したりするなど、ユニークな工夫が凝らされていました。松本幸四郎がZoomを利用した図夢歌舞伎『忠臣蔵』生配信上演(2020年6月27日)を行いましたが、その技術協力もこの劇団が担当しています。このことからも、技術力の高さを確認できると思います。
 ただ、言ってしまえば映像作品なので、作品単体で取出してみた場合、編集済みのオンデマンドで鑑賞するのと表面的には差異が全く生まれません。逆を言えばそれだけ高い映像技術によって作品は裏打ちされているわけですが、正直に言って私はリアルタイムで配信する意味が見出せないですね。多分このリアルタイムの感覚を、ひとまず「演劇」と呼んでいるのだと思いますが、これは全く異なる価値観によって構成された新たな表現ジャンルと考えた方がよいのではないかと、私は思います。劇団ノーミーツの作品は、コロナ禍において、大きな可能性を秘めた表現形式であることに間違いありません。どのような位置づけの表現なのか、私も整理がつかない部分が多いので、今後の劇団ノーミーツの公演は見逃さないようにしたいと思います。
 このように新たな表現ジャンルとしか呼べない作品群のなかで、超、リモートねもしゅー2『保母超ウソツキ🖤』(脚本・演出=根本宗子、2020年5月22日~Filmuyにて配信)はズームの機能を実に巧みに使った作品でした。オンライン会議などで見慣れたZoomの画面を駆使して、根本宗子が得意とする内面ドロドロの会話劇や、女子マウント合戦がうまく表現されていたと思います。彼女はM&OPlays公演『クラッシャー女中』(作・演出=根本宗子、本多劇場@2019年3~4月)などでもわかるように、物語をあたかも数式のように緻密に組み立てていくのが特長ですが、Zoomを利用しても作品の水準が落ちることがないばかりか、画面の配置といったZoomの特性をしっかりと利用している点はさすがです。さらに、この作品を、途中で途切れることなく一発で録画していることにも驚かされました。
 あとは劇場公演のライブ配信でしょうか。先ほど話題にした三谷幸喜『大地(Social Distancing Version)』は、私は運良くチケットを入手することができ、実際にパルコ劇場で観ることができました(2020年7月20日夜公演)。客席は前後左右を一席ずつ空けての配列なので、単純計算で半分以下になっているはずです。演劇公演の場合だと7~8割の客席が埋まることを前提にチケット売上げ計上し、公演全体の予算を立てるので、半分以下の客席では、上演すればするほど赤字になっていくことになります。グッズ販売もパンフレットのみで、全体を考えてみた場合、興行が成り立たないことは明かです。なので、パルコ劇場は2020年6月1日からPARCO STAGE@ONLINEという新たな試みを開始しました。『大地(Social Distancing Version)』のライブ配信(視聴料3,000円)を始めとして、実際にPARCO劇場で上演される作品のライブ配信はもちろんのこと、独自の企画も計画されているようです。これはコロナ禍の一過性の企画ではなく、今後もぜひ継続してもらいたいですね。特に三谷幸喜などの人気作品はチケット争奪戦が熾烈なので、それに敗北したときの鑑賞手段という位置づけはもちろん、このようなライブ配信によって、自宅で気軽に演劇を視聴できる環境が根付くきっかけになるかも知れません。
 また、浅草九劇はいち早くオンライン演劇にシフトして、配信を開始しましたが、カメラの切り替えなどが非常に上手で、見ていてごく自然に画面に引き込まれました。小劇団などは浅草九劇に配信を依頼することが多いようですが、今後は見逃せない大きな存在になっていくと思います。
 やはり演劇は生が一番、ライブが一番と言ってしまえば身も蓋もない議論で、まさしくその通りなのですが、このコロナ禍で生まれたオンライン演劇、オンライン配信などは今後も重要なコンテンツとして育てていく必要があると思います。
 最後に全く個人的なことで申し訳ないですが、年齢のせいなのか、ずっとパソコンの画面を見ていると眼精疲労がひどくなってしまい、困りますね。こればかりはパソコンのディスプレイのそばに、目薬を常備するしか方法はないようです。

鳩羽 私は6月にウェブ媒体の仕事で、今お話に出た浅草九劇のオンライン劇場化第1弾である柄本明一人芝居(原作=アントン・チェーホフ、構成・演出・出演=柄本明)『煙草の害について』(2020年6月5、6日@浅草九劇)を取材しました。リニューアルされた劇場は客席が撤去されていました。ゲネプロでは、舞台に立つ柄本を、8台のカメラで追っていました。私はスタッフや報道関係者の人たちを見ていました。柄本がとらえどころのない男を飄々と演じるので、つい笑い声が出そうになってしまいましたが、笑っていいのか反応に困りましたね。オンラインで配信したとき、シットコムのように観客の笑い声が入ってしまっていいのか、とっさに判断がつかなくて。本番同様のリハーサルですから、雰囲気を壊してはいけませんし。ふと横を見たら、他の人たちも笑いを押し殺していました。オンライン演劇用に演じられているけれども、今、自分たちが目の前で見ているのは生の舞台。非常に奇異で、不思議な観劇体験で、改めて「演劇とは何か」を考えさせられました。
 嶋田さんが先ほど劇団ノーミーツについて触れていましたが、オンライン演劇は今後、根づいていくと思います。感染防止対策による観客数の抑制で採算確保に苦しむ演劇界は、公演を打ちつつ、オンラインでも有料配信をして収益を確保する二刀流のスタイルが増えています。コロナ禍を奇貨に生まれたオンライン演劇は、新しいジャンルに発展する可能性を秘めています。地方や海外の在住者や、子育てや介護、療養などで劇場に足を運べない人たちに向けて、演劇の手触りを届ける機会になると思います。
オンライン演劇が生の演劇と決定的に違うのは、カメラのカット割りで見る範囲が決められる点です。どの表情を切り取るのか、どれだけアップにするのか。撮影や映像編集、配信の技術の差が、作品の質を左右することになります。配信ツールもZOOMか、You Tubeか。アーカイブ配信か、ライブ配信か。今は百花繚乱の状態ですが、オンライン演劇がどう洗練され、成熟していくのか、強い関心を持って注目しています。舞台映像の配信に伴う権利処理の円滑化が課題になっていますが、これについても、法整備や対策を進めようという動きが出ています。

嶋田 この座談会もまた、Zoomで収録しています。現時点では音声をこのように文字おこしをして、掲載しているだけですが、今後はZoomの機能を駆使した、新たな演劇批評の方法が生まれるかもしれません。そのようなことを考えつつ今回の座談会演劇時評を終えたいと思います。本日は長時間にわたり、どうもありがとうございました。

(2020年8月27日、Zoomにて収録)