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東京芸術劇場主催公演『パンドラの鐘』

作=野田秀樹
演出=熊林弘高
2021年4月14日~5月4日@東京芸術劇場シアターイースト、他

出席者=嶋田直哉(司会・シアターアーツ編集長)、小田幸子(国際演劇評論家協会日本センター事務局長)、今井克佳(国際演劇評論家協会日本センター会員)/発言順

左から 門脇麦、金子大地、松下優也、緒川たまき / 撮影:引地信彦

■様々な鐘の音

嶋田(司会):野田秀樹が芸術監督を務める東京芸術劇場で、同劇場主催公演『パンドラの鐘』が、熊林弘高の演出で上演されました。この作品は1999年11月@世田谷パブリックシアターのNODA・MAPで初演され、それ以降は小劇団の自主公演などで上演される機会はありましたが、東京芸術劇場主催公演といった大きな団体での上演は初めてです。久々の再演と言ってよいでしょう。先ほども言いましたように、東京芸術劇場は野田秀樹が芸術監督を務めていることもあり、半ば作者が公認した形での上演ともいえるので、発表の段階から注目度は高かったと思います。昨年(2020年7月@東京芸術劇場シアターイースト)、東京芸術劇場主催公演として久々に再演された『赤鬼』(初演、1996年10月@PARCO SPACE PART3)と並んで、1990年代の野田秀樹の成果ともいえる作品なので、じっくりと検証していきたいと思います。
 物語は太平洋戦争開戦前夜の長崎から始まります。ピンカートン財団の支援により、考古学者のオズ(金子大地)がカナクギ教授(松尾諭)とともに、発掘作業をしています。そして、大きな鐘が発掘されます。ピンカートン財団の出資元であるピンカートン未亡人(緒川たまき)とその娘タマキ(門脇麦)はこの鐘に秘められた謎を明らかにするように、オズに依頼します。やがて、その鐘の内側には古代王国のクーデターが記されていたことが明らかになります。舞台は古代王国の時代へと転換し、そこでは兄王の死によって、ヒメ女(門脇麦が兼ねる)が王位を継承し、王族に仕えるハンニバル(松下優也)、ヒイバア(緒川たまきが兼ねる)が先王の葬儀を葬儀屋のミズヲ(金子大地が兼ねる)に依頼しています。王国は他国を攻めて、戦利品を獲得していき、その一つが「パンドラの鐘」と呼ばれる鐘で、この作品のタイトルともなっています。戦死者が出るたびに鐘の音が国中に鳴り響きます。また物語の現在時では太平洋戦争開戦が迫り、オズと交際していたタマキが、母ピンカートン未亡人とともにアメリカに去って行きます。
 物語は古代王国と、太平洋戦争開戦前夜と、時制が錯綜する形で展開するので、どこに重点を置くかで、様々な解釈が可能かと思います。

小田:私は1999年のNODA・MAP初演を見ていません。ただ、蜷川幸雄演出(1999年11月@シアターコクーン)と野田秀樹演出が、ほぼ同時期に上演されていて、かなり話題になっていた記憶があります。また古代王国と太平洋戦争前後という、二つの時間軸が交差するダイナミックな物語であることも評判でしたね。
 このような記憶もありましたので、今回の舞台は大変期待して見ました。しかし、台本を読んで私自身が思い描いていた作品と、実際の舞台との落差が結構あり、最後までその差が埋められずに終わってしまいました。初演を見たというお二人はどのような感想を持ったのか、率直なところを伺いたく思います。
 一番の疑問点が、舞台上で、「鐘が鳴らない」ことでした。何度か「パンドラの鐘が鳴る」という、あたかもト書きのような言葉が、野田秀樹の肉声というかたちで舞台上に流れましたが、鐘そのものが実際に鳴ったのは1~2度くらいで、しかも大きな音ではなかった。
 初演を見たお二人に質問したいのですが、初演時この鐘の音はどうだったのでしょうか?『パンドラの鐘』というタイトルそのものが、観客に与えるインパクトが非常に大きく、ギリシア神話の「パンドラの箱」と当然関係しています。あらゆる災禍がつまったその箱は、絶対に開けてはいけない、タブーな存在です。
 その「パンドラ」と意味を掛けて『パンドラの鐘』というタイトルになっていると考えてみると、「鐘」は、絶対に知られてはいけない、秘められた歴史を暴き出すような存在だと考えられます。その他にも、「鐘」からはさまざまな意味が連想されます。思い付いただけでも、長崎で鳴らされている平和の「鐘」、それから男に裏切られた女が鐘の中に飛び込んでしまった道成寺の「鐘」、祇園精舎の仏教的な無常を示す「鐘」、さらに悟りを促す「鐘」、警告を促す「鐘」とさまざまなイメージが湧き上がってくる、含蓄深い題名です。
 このように多彩な意味を内包する「鐘」なので、私は今回の上演で、舞台上に様々な鐘の音色が鳴ることを期待していました。想像力を喚起し、感覚を刺激し、舞台効果も大きい鐘が、鳴り響かないのは何故なのか? そこには、今この作品を上演する熊林弘高の意図が込められているような気がします。
 それから、舞台上の装置は、神殿の廃虚といった印象でした。いわゆる鐘のイメージとはほど遠かったですね。もしかしたら熊林弘高は、演出上、具体物としての鐘をあまり突出させないようにしていたのかもしれません。