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3  ≪スクポヴァ・プルゼニュ≫の経緯

「人形劇」のフェスティバルとは

 ところで、≪スクポヴァ・プルゼニュ≫というこの人形劇フェスティバルの位置づけについて、少し説明しておきたい。≪スクポヴァ・プルゼニュ≫は、数ある人形劇フェスティバルの中でも、特に、人形劇を重んじているフェスティバルだと言える。トートロジーのように聞こえるが、そうでもない。ヨーロッパでは人形劇が脱・人形劇の方向へ進んで久しく、人形劇フェスティバルが人形劇を重んじるということがもはや当たり前ではなくなっているからである。

 人形劇というと一般的にはいまだに昔ながらのギニョールやマリオネットのような伝統人形劇が想起されることが多いかも知れないが、近年の人形劇フェスティバルではそういった昔ながらの人形劇の占める割合はごく一部にすぎない。それどころか、人形らしい人形が一つも出てこない舞台がかなりの割合を占めている。70〜80年代にオブジェクト・シアターが人形劇界を席巻して以降「人形」が登場しない舞台が増えたが、さらにオルタナティブ・シアターとの境界が消えて、従来のオブジェクト・シアターで用いられていたような「オブジェクト」すら登場しない舞台も増えている。「人形劇」あるいは「人形」という概念の発展、あるいは解体によって、人形劇の可能性が広がったといえばその通りであるが、しかし同時に人形劇固有の価値が揺らいでいるともいえる。そうした傾向に危機感を持ち、オルタナティブ・シアターへと解体され得ない「人形劇」固有の意味を改めて問い直すことが、いまの人形劇界の共通の課題の一つともなっている。各人形劇フェスティバルはそれぞれ異なるヴィジョンを持っているが、この≪スクポヴァ・プルゼニュ≫は、より本来的な「人形劇」に留まり続けることによって、かえって人形劇の可能性が切り拓かれる、というヴィジョンを持ったフェスティバルなのだ。こうした姿勢はいまや欧州を見渡してみても少数派であり、≪スクポヴァ・プルゼニュ≫はその意味で世界人形劇界において重要な役割を担う人形劇フェスティバルであると言えるだろう。

日本をめぐるスタディー・ツアー

 今回の≪スクポヴァ・プルゼニュ≫の準備が始まったのは、今から一年半以上前のことだった。コロナ禍以前のことを少し思い出してみたい。
 私は人形劇研究者として、日本からの招聘作品について相談を受けていた。そこで2019年4月に、≪スクポヴァ・プルゼニュ≫の総合監督ヤクブ・ホラ氏と、ドイツ最大級の人形劇フェスティバル≪FIDENA≫の総合監督アネッテ・ダプス氏を日本に招待して、日本各地の人形劇をめぐるスタディー・ツアーを行った1)このスタディー・ツアーの実現には、AVIAMA(人形劇の友・友好都市国際協会)による助成金事業「人形劇と移動」(Puppets and mobility)の支援を受けた。2021年度の同事業は現在募集中である: Call for grants: AVIAMA 2021. Puppets and mobility”(閲覧日:2020/11/26。(図6)

(図6):アネッテ・ダプス氏(左)とヤクブ・ホラ氏(右)、国立文楽劇場にて(撮影筆者)

 日本の現代人形劇は、あまり世界に知られているとは言えない。Bunrakuだけはいまや世界人形劇界の共通語で、三人遣いで精緻な動きをする人形を全てざっくりとこの名前で呼ぶほどであるが(ちなみにその際は、三業のうち太夫と三味線が一切考慮されない)、文楽以外は世界的な知名度に欠ける。そこで日本の現代人形劇シーンを改めて知ってもらおうと、チェコとドイツの人形劇界をリードする両ディレクターを連れて、10日間かけて東京・長野・京都・大阪を回った。東京ではUNIMA(世界人形劇連盟)日本センターが呼びかけて国内の人形劇団とラウンドテーブルの席を設けたほか、江戸糸あやつり人形結城座、八王子車人形、黒谷都のGenre:Gray、人形劇団プーク、乙女文楽(人形劇団ひとみ座)といったすぐれた劇団の数々を訪ねてまわった。長野では飯田の黒田人形芝居、京都では糸あやつり人形劇団みのむし、大阪では文楽協会を訪問した。それぞれの劇場やアトリエで、代表やプロデューサーとミーティングの機会を持ち、招聘条件などについてたっぷりと話し合った。

「日本特集」として

 ドイツとチェコの両フェスティバル監督の反応は上々だった。とりわけチェコの≪スクポヴァ・プルゼニュ≫は2020年を「日本特集」年として位置づけることに決め、八王子車人形、乙女文楽、黒谷都、みのむしなどを招聘するほか、丁度2020年が川本喜八郎の没後10周年に当たることから、川本アニメの記念上映も行うことになった。またフェスティバル内で行われる、チェコ国内の直近二年間の最優秀作品を選ぶコンペティションの審査員の一人として、日本からも人形劇団プークの小梛田美子氏が参加することになった。フェスティバル・ポスターには、日の丸扇子を背景にコケティッシュなコケシが微笑んでいた。(図7)

(図7):プルゼニュ市内に掲示されたフェスティバルポスター(撮影筆者)

二週間隔離という問題

 しかし日本と欧州の感染状況と政策のずれが、次第にフェスティバルに暗雲をもたらしはじめた。バカンス・シーズンが過ぎ、開催日程が近づいてきても、日本へ入国・帰国後の二週間隔離がいっこうに解除される見込みが立たなかったのである。それではアーティストがチェコから日本へと帰国したあと、二週間以内の仕事をすべて断らなくてはならなくなる。その分の賃金まで補償することはフェスティバルには不可能であった。せっかく日本から複数の現代人形劇団を呼べるまたとない機会であったのに、これが障壁となって、殆どの劇団がフェスティバルに参加できなくなってしまった。
 しかし、「日本特集」を全く無にするわけにはいかない。ポスターからプログラムまで、すべてにコケシの笑顔が印刷されている。 そこで、何としてでも一組は日本人アーティストを呼ばなければということになったが、日本の人形劇人にとって欧州渡航のハードルは高く、調整は難航した。7月に新宿の劇場で「演劇クラスター」が発生して以降、演劇活動をする者は自己責任を強く問われていた。さまざまなやりとりを重ねたすえ、8月の終わりにチェコからディレクターが日本にやってきて、直々に黒谷都さんを説得し、二週間隔離という厳しい条件を呑んで渡航してもらうことになった。その頃の日本の演劇界への風当たりの強さ、海外渡航する人々への世間のまなざしを思い起こすと、黒谷都さんの決断はありがたいものだった。

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1. このスタディー・ツアーの実現には、AVIAMA(人形劇の友・友好都市国際協会)による助成金事業「人形劇と移動」(Puppets and mobility)の支援を受けた。2021年度の同事業は現在募集中である: Call for grants: AVIAMA 2021. Puppets and mobility”(閲覧日:2020/11/26