サスペンス! チェコ人形劇フェスティバル、中止の記録 / 山口遥子
オンライン人形劇のアドバンテージ1 |
考えてみると人形劇には、オンラインという形式での表現に際して、他の舞台芸術ジャンルにはないいくつかのアドバンテージがある。その一つは、「サイズ」の自由度である。人形劇の演技主体は人間ではなく人形であるため、人形劇の舞台は、人間が立つ舞台よりずっと大きくも小さくもなりうる。したがって人形のタイプによっては、俳優劇よりも、舞台とパソコン画面サイズのギャップが少なくてすむ。例えば昔ながらのパンチ&ジュディ型の手遣い人形劇ブースは、開口部は大きくても幅70cm、高さ50cmほどで、ちょうどiMacの27インチモデルと同じくらいである(図3)。影絵人形劇も、舞台上に立てられた小さい枠内で行われることが多いが、影絵はもともとスクリーンに映されるものなので、これも動画と相性が良い。ビバリー人形劇祭のポスターも、パソコンがそのままプロセニアムで囲まれた影絵ブースになる、というものだった。
オンライン人形劇のアドバンテージ2 |
もう一点、ライブで生じる相互性をいかに生じさせるかは、演劇のオンライン化にあたって大きな課題であるが、そこでも人形劇には独特の強みがあった。それは、「人形を作る」「それを用いて上演する」ことを、すでに多くの子どもがおうち遊びとしてやった経験があるということだ。もちろん、「足10年」といった文楽修行の厳しさに言い及ぶまでもなく、人形の目線を定めることなど基本的な操りのテクニックは子ども時代の遊びで身につくものではない。それでも、幼少期に人形に触れた記憶をもつ人々にとって、きっと人形劇は、ほかの舞台芸術ジャンルより気軽にやりやすいのではないか。ビバリー人形劇フェスティバルも、人々のそうした記憶に訴えかけることで実現したのだ。
「自分で人形をつくり、動かす」という形のオンライン・ワークショップは、ビバリー人形劇フェスティバルのみならず、ありとあらゆる人形劇団によって提供され、劇場閉鎖中の観客とのコミュニケーションの大きな一助となった。その例は無数にあるが、例えばシカゴ国際人形劇祭は1)Chicago International Puppet Theatre Festivalウェブサイト内、オンラインワークショップの頁(閲覧日:2020/11/26)、近年人形劇作品として日本でも最も知られた作品となった『War Horse (ウォー・ホース)~戦火の馬~』の監督トム・リーによる、「誰の家にでもあるようなゴミをリサイクルして、簡単な道具だけを使って、家のなかで影絵劇を作る」ワークショップを提供した。他にもご興味のある方は、任意の人形劇団のウェブサイトを訪ねて、ワークショップ・プログラムを探してみてほしい。
チェコの感染状況と政府の対応 |
さて、こうした世界の人形劇フェスティバルの動きの中で、チェコ最大の国際人形劇フェスティバル≪スクポヴァ・プルゼニュ≫は、オンライン開催には踏み切らなかった。主催のアルファ劇場は、すでに人形劇や朗読劇の動画配信や、オンライン・ワークショップの配信などを試みていたが、彼らにしてみればフェスティバルをオンラインで行うのは「意味がない」ということだった。人々が集い、観劇し、ビールを飲んで語り合う、というのが人形劇フェスティバルの本質だ、というのがオンラインの活動を通して得られた偽らざる実感だったらしい(プルゼニュはピルスナー・ビールの本場であり、ビールメーカーはフェスティバルの主要なスポンサーでもある)。それも一つの選択だ。
そのかわり、当初開催予定の6月ではなく、10月に延期することになった。たった4ヶ月後へ延期、という比較的楽観的な対応がとられたのは、チェコの当時の感染状況も関係している。
チェコの第一波(2020年3〜4月)における1日あたり新規感染者数は最高でも300人台で、欧州内で比較するとかなり被害の少ない方だった。しかしチェコ政府は欧州各国に先駆けて、強硬な規制を国民に課した。チェコ国内の一日の新規陽性者がわずか22名と記録された2020年3月12日、チェコ政府は緊急事態宣言を発出した。学校・劇場・映画館などの教育・文化施設が軒並み閉鎖され、その措置は4月30日まで続けられた。3月16日には国境も閉鎖された2)欧州内の新規感染者数については、チェコについてはチェコ保健省提供の統計、その他の国はNew York Times提供のインタラクティブ統計を参照した:Ministerstvo zdravotnictví ČR COVID‑19, “Přehled aktuální situace v ČR”(https://onemocneni-aktualne.mzcr.cz/covid-19 閲覧日:2020/11/26); The New York Times, “Covid Map and Case Count”(https://www.nytimes.com/interactive/2020/world/europe/italy-coronavirus-cases.html 閲覧日:2020/11/26)。イタリアで学校閉鎖が始まったのは3月4日(1日あたり感染者数587名)、スペインでは3月12日(673名)、フランスでは3月16日(1210名)、ドイツでは3月16日(1174名)といった数字と比べても、3月12日(22名)の段階で学校も劇場も閉鎖したチェコ政府のやり方は強硬であり、もちろんこれに憤りを感じた演劇人も多かった。
チェコの舞台芸術界の動き |
チェコの舞台芸術界は、すぐに行動した。シアター・インスティテュート(プラハ・カドリエンナーレの事務局などを担う中間支援組織)が作成した一連のレポート「カルチャー・イン・カランタイン」(Kultura v Karanténě)は、3月12日〜16日の期間に532の文化団体・個人から集計したアンケート調査に基づき、チェコ舞台芸術界が政府に求める「ベーシック・ニーズ」として、4つのカテゴリに分けて下記のような要請を表明している3)(閲覧日:2020/11/26)。政府の文化活動に対する制限を受けて、チェコの演劇人は即座に冷静にその後の困難を予測していたようだ。以下の内容は日本の人形劇人にとっても、ほとんどそのまま同意できる内容と言えるのではないか。
(1)既存の公的助成金に関して
・キャンセルされた公演等に関して既に支出した費用分の助成
・交付決定済み助成金の返還義務免除
・交付条件の柔軟な変更(書類提出期限の延長、予定観客数等指標の修正など)
・現在の状況を考慮して、2021年度助成金の交付規準が設定されること
・公的施設借用料の軽減 ほか
(2)間接的な補助
・芸術家やフリーランサーに対する、活動規制中あるいは全期間の社会保険料免除
・全ての文化消費財に対する消費税支払期限の延期、あるいは減免。チケット収入に対する消費税の免除(現行15%)
・芸術家やフリーランサーに対する、利息無しの資金融資
・学校閉鎖期間中の保育料の補償 ほか
(3)キャンセルされた公演に関する補償
・団体向け:昨年同時期の収入相当額の補償。あるいは、既に締結した契約書に基づいて予想される収入の一部あるいは全部の補償
・個人向け:出演料として支払われる相当額の最低6割(疾病時補償相当額)〜最高10割(雇用主都合によるキャンセル補償相当額)の補償
(4)その他
・市民に対しては文化活動への連帯をうながし、即時のチケット払い戻しではなく、延期開催の可能性を待つよう呼びかける
・文化イベントの配信に必要な機器の無償リースや、配信の広報サポート
・保育など別の領域で芸術家が活動できるよう促し、またその活動の金銭的補助
・芸術・文化活動に関わる対策・規制と、それがもたらす影響についてまとめられた、分かりやすいポータルサイトの創設 ほか
以上のようなチェコ舞台芸術界からの要請に対し、これまで実際行われた対策としては、「フリーランサーに9ヶ月間、毎月$750の補償」「フリーランサーの社会保険料減免」「学校閉鎖中の13才以下児童の保育料の補助」、「閉鎖中の劇場の団員職員の給与の8割補償」、「劇場物件賃料の半額補助および公的施設使用料の使用料免除」、「交付決定済み助成金をキャンセル補償に使用すること」、「交付決定済み助成金の使用計画変更の許可(ただし年内)」「チケットの現金払い戻しをせずバウチャー発行とすることを許可」などがある4)その他には、日本の文化庁が打ち出した「文化芸術活動の継続支援事業」(対象経費の2/3〜3/4を補助)と同じような新規プロジェクトの公募も行われた。以上に挙げたチェコ政府による文化関連のサポートについては、同リポートの4・6・8号にまとまって掲載されている:Institut umění – Divadelní ústav, “Culture in Quarantine // The Fourth Edition”(閲覧日:2020/11/26); Institut umění – Divadelní ústav, “Culture in Quarantine // The Sixth Edition”(閲覧日:2020/11/26閲覧日:2020/11/26)Institut umění – Divadelní ústav, “Culture in Quarantine // The Eight Edition”(閲覧日:2020/11/26)。
以上のような政府に対する要請のかたわら、アーティストたちが自主的に文化を守るためのウィットに富んだ活動もさまざまに行われた。例えば、「無 2020」(NIC 2020)というプロジェクトがある5)GoOutウェブサイト内のチケット販売ページ:“1. 5. 2020 Tickets for NIC 2020”(閲覧日:2020/11/26)。プラハ市の文化行政官Třeštíková氏と、イベント情報サイト「GoOut」が共同で立ち上げたプロジェクトで、存在しないフェスティバルである「無 2020」の入場チケットを販売し、その収入を劇場やクラブなどへ分配するというものである。
註
1. | ↑ | Chicago International Puppet Theatre Festivalウェブサイト内、オンラインワークショップの頁(閲覧日:2020/11/26) |
2. | ↑ | 欧州内の新規感染者数については、チェコについてはチェコ保健省提供の統計、その他の国はNew York Times提供のインタラクティブ統計を参照した:Ministerstvo zdravotnictví ČR COVID‑19, “Přehled aktuální situace v ČR”(https://onemocneni-aktualne.mzcr.cz/covid-19 閲覧日:2020/11/26); The New York Times, “Covid Map and Case Count”(https://www.nytimes.com/interactive/2020/world/europe/italy-coronavirus-cases.html 閲覧日:2020/11/26) |
3. | ↑ | (閲覧日:2020/11/26) |
4. | ↑ | その他には、日本の文化庁が打ち出した「文化芸術活動の継続支援事業」(対象経費の2/3〜3/4を補助)と同じような新規プロジェクトの公募も行われた。以上に挙げたチェコ政府による文化関連のサポートについては、同リポートの4・6・8号にまとまって掲載されている:Institut umění – Divadelní ústav, “Culture in Quarantine // The Fourth Edition”(閲覧日:2020/11/26); Institut umění – Divadelní ústav, “Culture in Quarantine // The Sixth Edition”(閲覧日:2020/11/26閲覧日:2020/11/26)Institut umění – Divadelní ústav, “Culture in Quarantine // The Eight Edition”(閲覧日:2020/11/26) |
5. | ↑ | GoOutウェブサイト内のチケット販売ページ:“1. 5. 2020 Tickets for NIC 2020”(閲覧日:2020/11/26) |