サスペンス! チェコ人形劇フェスティバル、中止の記録 / 山口遥子
1.日本と欧州での第一波(2月〜5月)
休校と人形劇場 |
あらゆる舞台芸術ジャンルと同じく、日本の人形劇も2020年2月下旬から大変な目に遭っていた。安倍前首相が「私の責任で」と言って唐突に全国一斉休校を呼びかけたのは、2月27日のことだった。最も金を使わず、かつ最も弱い子供たちが真っ先に割を食うしかたで幕を開けた日本政府のコロナ対策だった。
東京都渋谷区にある老舗の人形劇団プークは、大人向けのみならず子ども向けの人形劇を数多く上演しており、全国の幼稚園・保育園・小学校等で例年300〜400の出張公演を行っていたが、一斉休校の呼びかけ後、全国の施設からすぐさまキャンセルの連絡が入り、数ヶ月先までの出張公演予定は白紙となった1)休校に伴って急激に演劇活動に制限が課せられたのは、人形劇団のみならず児童・青少年演劇に共通の事態であった。2020年8月2日付の読売新聞Web記事には次のようにある。「日本児童・青少年演劇劇団協同組合(東京)がまとめた加盟60団体へのアンケートによると、7月13日時点で計3028公演などが休止となり、損失額は計約12億3800万円に上った。」(島田愛美「児童劇団の予定表『取り消し』の線びっしり、『耐え忍ぶしかない』…廃業も続々」https://www.yomiuri.co.jp/culture/20200802-OYT1T50063/ 閲覧日:2020/11/26)
Cf. 吉田明子「コロナ禍の児童青少年舞台芸術」(閲覧日:2020/11/26)。2020年末まで全ての上演依頼を早々にキャンセルした施設もあった。また、座付きの劇場「プーク人形劇場」は新宿駅南口近くにあり、例年の春休みには親子連れで連日満席となるが、今年は感染症防止対策の負担に加えて、「子どものための施設なのに、こんな状況で劇場を開くのはいかがなものか」といった趣旨の電話がかかってくるなど、スタッフは異例の対応に追われ、葛藤の末ついに3月には劇場での全公演を中止することを決めた。
無論、こうした困難に直面したのは、現代人形劇界最大手のプークひとりに留まらない。より小規模のプロ人形劇団には、これ以上の経済的・心理的負担がのしかかった2)各劇団の状況は、劇団等が立ち上げた種々のクラウドファンディングにも示されている。Cf.「京都人形劇センター会員のプロ人形劇団、存続危機による緊急支援のお願い。プロの人形劇団を救いたい!」(閲覧日:2020/11/26);「子どもたちの「心の成長」に人形劇を!人形劇団ポポロをご支援いただけませんか?」(閲覧日:2020/11/26) 「コロナに負けず子供たちに人形劇を届けたい!」(閲覧日:2020/11/26);「人形劇団むすび座支援のお願い~子どもたちに人形劇を届け続けるために~」(閲覧日:2020/11/26)。人形劇は幼保園・小学校での出張公演の占める割合が高く、大人向けの俳優劇団よりも社会的責任をいっそう強く求められる傾向にある。自己責任で来て下さい、と政府のように無責任に放言しない人形劇団の真摯な努力は続いている。子供の安全を預かる立場の幼保園・小学校が、感染症対策によってただでさえ負担が増えている中で文化活動を再開するのは簡単なことではなく、これから先も子ども向け人形劇は立ち直りにいっそう長い時間がかかることが予想される。
日本の人形劇フェスティバル |
こうした状況下で、日本の人形劇フェスティバルも軒並み中止・延期を迫られた。もちろん人形劇に限ったことではなく、舞台芸術にまつわる国内のフェスティバルはいずれも、同じ困難を経験したに違いない。8月27日まで「感染者ゼロ」だったらしい兵庫県豊岡市では9月9日から22日まで「豊岡演劇祭」が行われたが、これは幸運な例外だろう。しばしば人形劇をプログラムに含める「ふじのくに⇄せかい演劇祭」は今年、劇場開催を見送りオンライン開催とした。「いいだ人形劇フェスタ」など、人形劇を中心とした国内のフェスティバルは、今年開催分はほぼ全て中止、あるいは来年以降へ延期となった。UNIMA(国際人形劇連盟)日本センターが2020年9月から10月にかけて、国内の45箇所の人形劇フェスティバルを対象に行った調査によれば、年内開催の人形劇フェスティバル44箇所のうち、全44箇所が中止、あるいは来年度への延期をすでに決定した3)2020年の日本および世界の人形劇フェスティバルの開催状況については、筆者も編集に携わった国際人形劇連盟日本センター編『日本の人形劇‘20』(2021年2月発刊予定)の特集記事に詳しい。。
海外の人形劇フェスティバル |
人形劇フェスティバルが大きな影響を被ったのは、もちろん日本に限ったことではない。パンデミックが拡大するにつれて、世界各国で劇場閉鎖や文化イベント制限の措置がとられた。筆者は8月ごろに11カ国(アメリカ、インド、オランダ、カナダ、韓国、クロアチア、スペイン、スロヴェニア、チェコ、ドイツ、フランス)の人形劇フェスティバルにメール等で状況を訪ねたが、コロナ禍以前にすべり込みで開催できた2月のイシャラ国際人形劇祭(インド)4)The 18th Ishara International Puppet Festival 2020のウェブサイト(閲覧日:2020/11/26)、3月のカステリエ人形劇祭(カナダ)5)15 ans! Festival de Casteliersのウェブサイト(閲覧日:2020/11/26)を除いて、3月下旬以降の人形劇フェスティバルはいずれも縮小・中止・延期、あるいはオンラインへ切り替えとなり、予定通りの開催を果たした箇所は一つもなかった6)註4参照。。
春川人形劇祭のオンライン化 |
オンラインへ切り替え、と一口に言ってもこれは大変なことである。通常であればプログラムを構成し、招聘する劇団のブッキングをし、会場の手配をし、ホテルと航空券を用意して、チケットも売って、配布物を作って・・・・・・という行程の全てをやり直さなければならない。それでも万難を排して、全面的にオンラインでの開催に踏み切った人形劇フェスティバルもあった。例えば、1989年から開催されている韓国の春川人形劇フェスティバルは例年国内45劇団、海外10劇団ほどを招聘し、観客数4万人を動員するアジア最大級の人形劇フェスティバルであるが、今年はその規模をある程度保ったまま、完全にオンラインで開催するという決定を下した。9月14日から10月23日まで一ヶ月を超える期間にわたり、事前収録した32作品もの無観客公演を配信するという、堂々たるオンライン・人形劇フェスティバルとなった7)春川人形劇祭のウェブサイト(http://www.cocobau.com/ 閲覧日:2020/11/26)。(図1)
ビバリー人形劇祭の試み |
2005年から開催されているイギリスのビバリー人形劇祭(Beverly Puppet Festival)も、今年はオンラインで行われた。前回2018年の実績では30以上の劇団を招聘し、13000人を超える観客を動員したフェスティバルである。こちらはしかし、春川のように上演予定だった作品をそのまま配信にするのではなく、コンセプトとプログラムから一新した。フェスティバルのサイトには次のように書かれている。
「今回は、私たちみんなが家の中でできることに重点を置こうと思います。完成されたパフォーマンスを撮影するのではなく。完成されたパフォーマンスならば、やっぱり劇場で見たいでしょうから。5月18日〜7月12日の期間中、すべての年齢の人々が参加できて、しかも家の中ではじめて完成するような、人形劇にかかわる幅広いアクティビティーへと誘うビデオを、毎週、3組のアーティストに発表してもらいます。」8)Beverly Puppet Festivalのウェブサイト(https://www.beverleypuppetfestival.com/ 閲覧日:2020/11/26)
ビバリー人形劇祭のサイトには、フェスティバル終了後の現在も、25組のアーティストによるビデオ作品が掲載されている9)Beverly Puppet Festivalのウェブサイト内、アクティビティーのアーカイブ(閲覧日:2020/11/26)。人形(影絵、糸操り、マペット、手遣い、指使い、棒遣い)を自分で作って、それをどう操るか。あるいは身の回りのオブジェクト(食器、工具、キッチンの食材、庭の植物、ゴミ)を使って、それをどう演劇にするか。あるいは手そのものによって、どう物語るか。人形劇はいまやオルタナティブ・シアターと境を接して、「人形」の定義やありようも果てしない拡がりを見せているが、人形劇というこの拡がりある舞台芸術に、あなたも自分の家の中にあるものだけで参加しよう! と呼びかけたのが、このフェスティバルであった。「パフォーマンス」ではなく「アクティビティー」のフェスティバルにするというビバリー人形劇祭の大胆な変更は、オンラインという形式とも、また人形劇というジャンルの特性ともぴったり適合し、春川とはまた異なる仕方で、オンライン・フェスティバルの一つの成功例となったと言えるだろう。(図2)
註
1. | ↑ | 休校に伴って急激に演劇活動に制限が課せられたのは、人形劇団のみならず児童・青少年演劇に共通の事態であった。2020年8月2日付の読売新聞Web記事には次のようにある。「日本児童・青少年演劇劇団協同組合(東京)がまとめた加盟60団体へのアンケートによると、7月13日時点で計3028公演などが休止となり、損失額は計約12億3800万円に上った。」(島田愛美「児童劇団の予定表『取り消し』の線びっしり、『耐え忍ぶしかない』…廃業も続々」https://www.yomiuri.co.jp/culture/20200802-OYT1T50063/ 閲覧日:2020/11/26) Cf. 吉田明子「コロナ禍の児童青少年舞台芸術」(閲覧日:2020/11/26) |
2. | ↑ | 各劇団の状況は、劇団等が立ち上げた種々のクラウドファンディングにも示されている。Cf.「京都人形劇センター会員のプロ人形劇団、存続危機による緊急支援のお願い。プロの人形劇団を救いたい!」(閲覧日:2020/11/26);「子どもたちの「心の成長」に人形劇を!人形劇団ポポロをご支援いただけませんか?」(閲覧日:2020/11/26) 「コロナに負けず子供たちに人形劇を届けたい!」(閲覧日:2020/11/26);「人形劇団むすび座支援のお願い~子どもたちに人形劇を届け続けるために~」(閲覧日:2020/11/26) |
3. | ↑ | 2020年の日本および世界の人形劇フェスティバルの開催状況については、筆者も編集に携わった国際人形劇連盟日本センター編『日本の人形劇‘20』(2021年2月発刊予定)の特集記事に詳しい。 |
4. | ↑ | The 18th Ishara International Puppet Festival 2020のウェブサイト(閲覧日:2020/11/26) |
5. | ↑ | 15 ans! Festival de Casteliersのウェブサイト(閲覧日:2020/11/26) |
6. | ↑ | 註4参照。 |
7. | ↑ | 春川人形劇祭のウェブサイト(http://www.cocobau.com/ 閲覧日:2020/11/26) |
8. | ↑ | Beverly Puppet Festivalのウェブサイト(https://www.beverleypuppetfestival.com/ 閲覧日:2020/11/26) |
9. | ↑ | Beverly Puppet Festivalのウェブサイト内、アクティビティーのアーカイブ(閲覧日:2020/11/26) |