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■芸術監督とは?

【内田】芸術監督のあり方について話していきたいと思います。実のところ、芸術監督というのは日本ではまだ定着していません。最初に芸術監督制度ができたのは、1985年に開場した表参道のスパイラルホール。1年任期で佐藤信さん、木村光一さん、蜷川幸雄さんが務めました。僕は日本にもいよいよ芸術監督制度ができるというので随分記事も書きました。バブル期に向かう時期で劇場がどんどんできる状況で、実のところは差別化、新味を打ち出すための名前先行の試みではありました。とはいえ佐藤さん、木村さん、蜷川さん、それぞれが実力者だから、1年任期とはいえインパクトのある仕事が生まれたし、多目的ホールの時代と一線を画す動きだったと思います。

 その後、鈴木忠志さんという強力なリーダーシップを持つ演出家が水戸芸術館で芸術監督になり、建築家の磯崎新さんと組んで劇場の設計段階から現場に入ってACMという専属劇団を作り、予算の執行権と人事権も芸術監督が握るという欧州型の強力な芸術総監督制度を実現させたんです。そのあと鈴木さんは静岡に移って、やはり磯崎さんと一緒に計画段階からかかわって静岡県舞台芸術センターを開場させます。芸術総監督の権限、たとえば専属劇団の優先利用なども正面から議会で通し、法的に位置づけるという力業をみせました。いまは宮城聰さんが継承していますね。民間でもスパイラルのあと東急のBunkamuraができ、串田和美さんが最初の芸術監督となった。民間と公共が入り混じり、当事者たちもよくわからないまま芸術監督制度ができていったというのが本当のところだと思います。

 新国立劇場ができるときも当然、芸術監督を置かなくてはいけないという話になった。オペラやバレエを国がやるのに芸術監督がいないなんて考えられません。しかし、システムとしては見切り発車で、たとえば最初は任期3年でした。2期目をやるかどうかの判断を就任1年目で下すというおかしな状態でした。鵜山仁さんの非再任問題が起きたとき、制度のさまざまな不足を議論し、改善しておくべきだったんですが、任期を1年延ばしただけで終わってしまったのは残念です。演劇人同士がいがみあうなんて最悪です。芸術監督はこの日本ではまだまだ発展途上なのだから、少しでも前に進めないと。新国立劇場の芸術監督にはやっぱり闘ってほしい。与えられたものに従っているだけではいけません。

【小川】それはそうです。私の場合は、就任してすぐにコロナ期に入ってしまったので、どうしても先が読めないぶん、やりたいことがあっても募集もかけられないこともありました。でもそれもひとつの、自分が学んだり、何ができるかを考えさせてもらう機会ではあったんです。「よく引き受けたね」と同世代の人に言われて、そのときはよくわからなかった。世代によってもだいぶ違うとは思いますが、矢面に立ちがちなところなんだということや、中に入ってやはりなるほどと思うことなど、それはさまざまでしたね。自分自身が組織というものに慣れていなかった。それぞれの考えはあると思いますが、私ができることをやっていくんだというふうには思っています。

 私自身が政治活動的なタイプの人間ではないので、正直なところを申し上げると、ただ私が思う何か役に立てることを地道にやらせていただいくという感じです。その辺のこともすごく悩みました。芸術監督になるときに、一体何をする仕事かということが書いてあるわけではないので、新国立の芸術監督をやられた栗山民也さん、鵜山仁さん、宮田慶子さんから、それぞれの方に個別にお時間をいただいて、2人だけでお話をうかがったりしました。もちろん大きなウエーブを抑える力のある方もいらっしゃいますが、私みたいなタイプは、こつこつと積み上げながらゆっくり編成のための布石を作ることが自分の仕事なのかなと思ったりしています。

 大きな変革の揺れ戻しは逆に怖いと思うので、それは適材適所なのかな。時間がかかるということではあると思います。さっきも申し上げましたけれども、アメリカは公共の芸術監督制度はあまりないので、イギリスとフランスの芸術監督の方たちに、「公共とは何ぞや?」と思ってお話を伺ったときに、「うちは何年やっていると思ってるの? 四百年よ。何年やっているの?」と言われて「20年です」――「Baby!」と言われました(笑)。日本の演劇界は天才の方ばかりいらっしゃるから、そういう方たちが革命的に変えるということも大事なことだと思います。一方で、私のような人間がちみちみと積み上げていく、地道にやっていく道みたいなものを、意図的に作っていくのが自分の仕事なのかと考え続けてやっています。

【内田】一歩でも前に進んでくれたらいいなと思います。日本の芸術監督は1960年代演劇のカリスマ的な人たち、蜷川幸雄さん、鈴木忠志さん、太田省吾さん、串田和美さん、佐藤信さんたちが形を作っていった。芸術監督第1世代という言い方があるとしたら、この人たち。その後の世代は何をどう受け継いでいくのか。今まさに世代交代期です。コロナ禍が終わった後、経済状況も文化状況もかなり荒れるかもしれません。そのとき劇場は羅針盤を持っていないといけない。その時のための布石としてみると、「こつこつプロジェクト」はとても面白い試みだったと思います。

 

■劇評と作品の距離感

【内田】せっかくですから、演劇評論家に言いたいことはないですか。現場としてはこういう劇評が欲しい、こういう劇評は困るなどなど、いろいろあると思いますが……。

【小川】これは演出家の方に聞いてもそれぞれまったく違うと思います。私個人の意見では、書いてもらえるのはまず嬉しい。全部が全部、批評に載るわけではないので。ただ、新聞は紙面がとても小さいから、だいたい粗筋で最後の方に「鮮烈な演技がよかった」となりますよね。何の立脚点から見てどういう意見でよかったのか、もしくは駄目だったのか、ということが書いてあると嬉しいなとは思います。こういう視点から見たときにこうだったから、と書いてくれれば、あまりパーソナルに取らないんです。たとえば「もう少しジャンプ力が欲しい」と書かれると「むっ」としちゃったりしますが、具体的に書いてくださったりすると、「確かに」とか「いやそれは考え方が違う」など、すごく相互のやりとりになる。

 ただ自分の芝居の劇評はよく覚えてます。やはり批評家との関係も大事で、良い距離感でいなくてはいけないと思います。べったりするとそれは、お客さまや読んでくださる方の信頼を失っていくことだと思う。演劇を観る方たちにその距離感はとても大事なことだと思います。

【内田】具体的に指摘してくれる劇評はありがたいけれど、印象だけで書かれると困る?

【小川】プロなのでやっぱり立脚点は示してほしい。ただ紙面の問題もあるんですよね?

【内田】新聞は字がどんどん大きくなって、その分批評の字数が減っています。昔の劇評はもう少し字数があったんですが、そこは痛しかゆし。ま、俳句みたいになっています。限られた言葉の劇評も悪くはないと思いますが、長い劇評がやっぱり必要です、短い劇評は本当の訓練にならない。長い劇評を書くとボロが出ます。それまでの観劇の蓄積や教養の基盤がないと行数がもたないですから。印象だけでは書けなくなります。

【小川】長い劇評が読みたいです。どういう点がそう思ったのか、自分が気づいていないところなどは知りたいですね。高尚な言葉が並ぶと、わかったようなわからないような、でもわかったということにしておこうかな、と、自分に不正直になるときがあるから、やはり長い文章で書いていただいたときは嬉しいです。それでずっとけなされていたら、もちろん凹みますが(笑)。もちろん、批評それぞれにいろいろな意見があるべきだと思うんです。新国立にいて、今は他の演出家の作品の批評が出たのかを広報の方に聞くんですが、そのときに真逆の意見の批評があると、私は健康的だと思ったりします。何となくこれは褒めなきゃいけない空気の作品みたいなのではなくて、本当にシンプルに書いていただけるようなもの。創る側としても、書いてくださったものにむかついて口をきかないとなったら、批評家は書かなくなっちゃうじゃないですか。距離感みたいなものが大事なのかな。

 やはり繊細なことを扱っていると思うんです。自分の世界だけでやってるわけじゃなく、社会とのコミュニケーションだから、実は気にしていないという方でも、ナーバスなのではないかと思うんですよね。自分を晒しているから、いろいろな思いがすごくある。

【内田】役者って承認欲求が強い。だからチケットが売れたという事実だけでは、懸命に取り組んだ思いが完結しない。たぶん劇評が出ないと、なんとなく中途半端な感じで終わってしまう。すでに劇評をやめてしまった新聞もあるし、部数減に苦しむ新聞がずっと劇評を掲載できるかどうかもわかりません。紙面がなくなると、芝居を観て歩く記者に給料を払い続けることもできなくなります。今は劇評をメディアのなかにどう担保していくか考えないといけない段階です。新聞劇評がゼロになった場合、代わりを作れるのかどうか。

【小川】言葉が返ってくるのは嬉しいですよね。また、劇場でのお客様の反応から色々考えたりしているのですが、今回のコロナで「客席内で声を出さないでください」となったりすると、仕方のないことではあるのですが、少し寂しく感じました。何か反応いただけるというのは、やはりすごいありがたいですよね。このためにやってるんだろうなって思うんです。


小川絵梨子(演出家・翻訳家)
東京都出身。ニューヨーク・アクターズスタジオ大学院演出部を卒業後。2010年には『今は亡きヘンリー・モス』(作=サム・シェパード)で、第3回賞、2011年には第19回読売演劇大賞(杉村春子賞・優秀演出家賞受賞)を受賞し小田島雄志・翻訳戯曲、演出家・翻訳家としてさまざまな作品を手がける。
2018年9月より、新国立劇場演劇部門芸術監督に就任。就任後は、すべての出演者をオーディションで決定するフルオーディションによる作品づくりや、演目演出家が試演を重ね、一年をかけて作品をつくっていく「こつこつプロジェクト―ディベロップメント―」など、新たな企画を手掛ける。

内田洋一(演劇評論家・新聞記者)
一九八四年より日本経済新聞文化部にて演劇・美術・音楽などを取材。著書に『風の演劇 評伝別役実』(白水社)、『現代演劇の地図』『危機と劇場』(晩成書房)など。