●金曜日の夜な

東京の金曜日の夜、丸ノ内線・銀座線の中には小さな連帯ができていて「最後尾につくにはどの駅で降りればいいですか」と乗客同士の会話が聞こえてくる。手作りらしきプラカードをエコバックでくるんだ勤め帰りのサラリーマンの勧めにしたがって溜池山王駅で降り、妙に好意的な警察の誘導に従って永田町から国会議事堂前とぐるっと大きく迂回してデモの最後尾につく。今晩も官邸前にはたどりつけそうにない。
参加者は時々思い出したようにシュプレヒコールをあげ、デジカメや携帯で気ままに撮影している。以前は公安や私服警官の撮影者はなんとなくわかったが、今では果たして公安なのか参加者なのかの区別がつかない。

パノプティコンという発明がある。一望監視型施設のことで、この原理で建築された監獄がある。まず円環状に独房を配置、その中心に監視塔を設ける。照明によって囚人からは監視員が見えなないようになっているが、監視員からは囚人を観察できる仕組みになっている。このような構造物において監視員は囚人に対して一方的な権力作用を効率的に働きかけ、囚人は常に監視されていることを強く意識、規律化されることになる。(※1)

観客という名の監視人となって、『温室』を見た(のかもしれない)。『温室』はピンターが1958年に書き、1980年に初上演された作品である。戯曲発表から54年、初演から32年。新国立劇場初登場のピンター作品。2012年に東京で上演する事にどれほど「今」があるのか? 戯曲と演出の関係について考えた。

●あらすじと上演の様子

横長の長方形の舞台をはさむ形で観客席が設置されていて、その外縁を取り囲むように四方にバルコニー席。公演中もふと気がつくと対面の観客の顔が視角に入る。舞台の床は黒でほぼ中央に巨大な回り舞台が配置されている。盆の上には机やイス、サイドテーブル、ソファーなどが執務室や調査室として配置されているがその間には壁はない。室内の調度品はナチス的な美意識で統一されているのか全て真っ赤。床面の黒が滲みているかのように足下だけが黒く汚されてその場所に不穏な印象を与えている。舞台上部には時代がかったトランペット型のラウドスピーカーが設置されており、天井部にも回り舞台に呼応した赤い円環が吊られている。舞台の左右の壁は鏡張りになっていて合わせ鏡の原理で舞台も客席も無限の彼方まで繰り返し反復して見える。

精神病院あるいは思想犯収容所とおもわれる国営施設内のクリスマスの夜。(※2)主な登場人物は最高責任者のルート、その直属の部下ギブズ、ルートの愛人らしき職員カッツ、患者の部屋の鍵を管理している若手職員ラムの4人。
ルートにギブズから男性収容者6457号が死亡し、女性収容者6459号が出産したという報告が入る。その女性はほぼ全員の男性職員と関係を持っていた。ルートは6459号の父親探しを命令する。
開演と同時に中央の回り舞台が机や役者を乗せたまま回転しはじめる。シーンによってスピードは多少変化するが常に時計回りに回転している。回転しはじめのスペクタクル的な興味は数分しか持続しないが、ゴロゴロと回転する回り舞台の生音と効果音がまるで引き込み線をゆっくり移動する貨物列車のようでホロコーストのイメージを想起させる。この物語が悲劇的な方向へ常に移動しているかのようだ。
ルートとカッツが部屋から出ると性行為を思わせるような笑い声、吐息、喘ぎが効果音として流れる。このようなシーンが何回かあるのだがうち一回は声の主と思わしきカッツが舞台上にいるのに喘ぎ声が流れるシーンがある。後のシーンで出てくる館内放送もそうだが、この発声者と音声の分断は、現前の不在、あるいは不在を現前化する装置として機能している。それは生と死でもありその境界を曖昧にしている。

ギブズとカッツは調査の名目でラムを電気イスに拘束、強迫的な質問と電気ショックで廃人(死亡?)状態にする。ギブズは「女性患者6459号を妊娠させたのはラムでした」とルートに報告。執務室で二人はワインを飲み始め、館内放送ではクリスマスプレゼントの福引きの中継が始まる。ルートに職員全員からの感謝のしるしとしてクリスマスケーキが運ばれパーティーが始まる。別室ではカッツはギブズを誘惑しルート殺害をそそのかす。ルートは職員へのクリスマスの挨拶を館内放送でする。その後、所内での暴動を思わせる騒音の中で暗転。

場面は数日後。回り舞台は反時計方向に回っている。ギブズによる本省役人への報告によるとクリスマスの夜、日頃からルートに不満をもっていた収容患者の暴動が発生。職員はギブズを除く全員が殺害された。原因は調査中だがラムの鍵の管理の不手際により患者が脱走し大量殺人がなされた。報告はさらに男性収容者6457号の殺害、女性収容者6459号の妊娠もルートによる犯行だとされる。
このシーンで報告を受ける本省の役人ロブは、最初に死亡したと報告される男性収容者6457号と同じ容姿(髪は黒くなく、小柄でなく、片足を引きずって)で、この物語が全てが交換可能であること、あるいはくり返しの円環構造で、苦しめる者/苦しめられる者の循環であることを暗示させて終わる。ロブの容姿については戯曲内には50歳代の男としかなく演出によるものと思われる。

●戯曲と作者ピンターについて

作者ハロルド・ピンターは1930年イギリス生まれ、2005年にノーベル文学賞を受賞。2008年78歳で死去した。ピンターの初期戯曲はベケットに強く影響を受けており、政治的な事をテーマにした不条理演劇といってよいだろう。1970年代に入って積極的に社会に向けて政治的な発言をするようになる。1980年代に入って初期の自分の作品を政治的な文脈から再評価、『温室』もそのため上演されたのかもしれない。
一貫して国家権力の個人への人権侵害を告発するピンターだが『温室』においてはその権力が次々と移譲・交換されることをテーマとしている。ベケットの『カタストロフィ』(映画版)でピンターは威圧的な演出家役を演じた。俳優として演劇人のキャリアをスタートしながらも演出家として俳優に強烈な抑圧をかけていたピンターは権力・暴力を振るうものと振るわれるものは容易に転換/交換可能であることをアイロニカルに自覚していたのかも知れない。また『バースディ・パーティー』(1057年)ではユダヤ人とアイルランド人のふたり組によって強制的に拉致・服従させられる主人公を描く。世界史上抑圧された民族の一員を抑圧する側に描いている。(※3)
ノーベル賞受賞講演(VTRでの出演)で真実とは何かは芸術においてはあいまいであるのに対し、一市民としては何が真実かを見極めねばならないと述べている。(※4)たしかにピンターの現実社会での政治的な発言のわかりやすさほど戯曲はわかりやすくはない。2006年ヨーロッパ演劇賞授賞式の前日のインタビューではこう言っている「舞台と客席との間に醸しだされる濃密な時間ーーこれについて考えるだけででも、演劇がかけがえのないものであることがわかります。だから、そう、私は今でも演劇活動を信じていますーー不安になることはあっても、やはりそれを信じているのです。」(※4)難解で屈折した戯曲を書くピンターだが、素朴な世界観の面ものぞかせる。

●深津演出について

ジョージ・オーウェルによって国家による全体主義・管理主義的な社会が描かれた『1984』が出版されたのが1949年。『温室』が書かれた1958年にはすでに複雑になっていたであろう国家による個人の抑圧のシステムだが、現代はより巧妙で複雑になっている。
たとえば先日オウム真理教の元幹部・平田信の逮捕の際に改めて認識された街中に網羅された監視カメラ。その設置に関しては地域住民や利用者の利便性・防犯・防災からの観点でしか論議がされていない。それどころか市民・商店街からの設置を要望する声が多いと聞く。今日では抑圧を受けていると気がつかない方法で抑圧するシステムが構築されている。

深津演出に採用された舞台上の回り舞台は観客席という場所から全ての出演者を監視できるシステムである。登場人物の立場が定まらずに移行しているという表象でもあり得るかもしれないが、あのパノプティコンを180°(360°?)反転した構造と考えた方が面白い。自分が座っている観客席が監視塔の席なのだと考えた方がこの作品を深く理解できるような気がする。
鏡に映った舞台「虚」は線対称で舞台上の回り舞台「実」の反対方向に回転する。合わせ鏡でのその次の鏡像「虚2」は「実」と同じ方向に回転しているがもちろん「実」ではなく「虚」で、「虚n」が無限に繰り返される。
深津演出はより複雑で掴み所のない現状、観客/市民が加担して構築されつつある抑圧装置の存在の提示を今上演において実現した。

まとめると演出の深津は以下の3つの点で成功している。
1. 音響と鏡の使用により支配者と非支配者、そして生と死の境界が虚ろである事の表象。
2. 対面式観客席と鏡により常に視線を意識せざるをえない時間の生成。
3. 回り舞台により観客すらも監視者である現在の個人と権力者の抑圧の構造を提示。

さて、今公演が面白かったかと問われれば(ちょっと)面白かったと答えておこう。ピンター+深津の組み合わせは新国立劇場らしい組み合わせで難解とされるピンター戯曲に、新国立での実績・定評もある深津演出。戯曲の力をより大きくし、今日的な解釈により成長された形での上演は成功したといえるだろう。でも限界も感じる。演出家がまったく物語に奉仕しない演出家ならどうなっただろうと想像するのはちょっと贅沢だろうか?

(※1)『監獄の誕生 監視と処罰』ミシェル・フーコー 田村俶 訳
(※4)あらすじに関して記憶の曖昧な部分は『ハロルド/ピンター1 温室』喜志哲雄 訳に依った
(※3)『ベケットとその仲間たち』田尻芳樹
(※4)『何も起こりはしなかったー劇の言葉、政治の言葉』ハロルド・ピンター 喜志哲雄 編訳

『温室』
作:ハロルド・ピンター
翻訳:喜志哲雄
演出:深津篤史
新国立劇場小劇場
上演時間1時間55分
2012年6月29日(金)観劇