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1) 世田谷パブリックシアターが企画制作した「地域の物語2024」『劇場と地域コミュニティの冒険~みんなイロイロ生きてるぜ!』演劇上演会は、さまざまな人々がともに暮らす社会の実現に向けて、演劇が極めて有効であることを実感させてくれた。上演会では2日間にわたって5つの異なる公演が行われた。私はそのうちの2本を見たが(3月17日、Eプログラム)、演劇的にもよく考えられており、共生社会への転換を促す豊かな表現の力を実感した。以下、その2本の公演について記したい。

 

1.『ともにゃの部屋~黒田真史さん』

 最初の1本は、ワークショップファシリテーターの大道朋奈と俳優の伊藤恭平、菅野水紀、高野栞が出演する40分強の『ともにゃの部屋~黒田真史さん』である。

世田谷パブリックシアター「地域の物語2024」『劇場と地域コミュニティの冒険~みんなイロイロ生きてるぜ!』演劇上演会『ともにゃの部屋~黒田真史さん』
司会=大道朋奈
2024年3月16日(土)・17日(日)
撮影=鈴木真貴

 黒田さんは18歳のとき自動車事故に遭い、高次脳機能障害となった。大型の電動車いすを自ら使って移動はできるが、体をほとんど動かすことができず、声も出せない。他人に意思を伝えるためには、かろうじて動かせる右手親指でスマートフォンの画面を操作してテキストを表示したり、ゆっくり首を振ったりすることができるだけだ。

 開演すると、『徹子の部屋』のテーマ曲を明るく歌う4人の俳優たちが現れて、黒田さんを紹介し、黒田さんにどんな障害があるかを説明する。するとステージの隅に控えていた黒田さんが電動車いすで中央に移動し、スマホの画面に挨拶のメッセージを出す。俳優の1人がスマホ画面を大型モニタに写すとともに、メッセージを代読して、観客に伝えるのである。

 俳優たちもそれぞれ自己紹介を行い、黒田さんとスマホを介してその場で簡単な会話を交わした後、彼の人生を演じていく。一人の俳優が同じ役を演じつづけるのではなく、4人の俳優たちが黒田さんと周りの人々を交代しながら演じていくのも面白い。俳優たちの演技が始まると黒田さんはステージの隅に移動し、劇中劇として演じられる自分の人生を見守る。この仕組みも興味深かった。

 ハチャメチャなエピソード満載のやんちゃな中高時代。クルマに魅せられた青春。脳の一部が飛び出すほどの大けがをした交通事故。3ヵ月半の意識不明から目覚めたときの絶望。ケアセンターふらっとに通う日々。

 台本は、ファシリテーターと俳優たちが黒田さんにインタビューして得られた聞き書きをもとに構成されている。俳優は黒田さんを支援する人々も演じる、最初はどう接したらよいか迷っていた支援スタッフは、徐々に黒田さんの心の動きに気づいていく。センターからの帰り道、送迎車に回り道を指示して女子高の脇を通らせる。女子高生のボランティアとマクドナルドへ行くことになると、見た目を気にして、栄養を摂取するために鼻から入れられていたチューブを外す決心をする……。こうしたエピソードは、会場内を暖かい笑いにつつむとともに、観客に多くの気づきを与える。

 体をほとんど動かすことができず、声も出せないが、交通事故に遭う以前のやんちゃで活発な心と、行動の源泉である精神力はしっかり残っている。かっこいい服を着た人や可愛い人に声をかけたいときや、かっこいいクルマを見て立ち止まりたいと思ったとき、自分の意思通りに動こうとするが、もちろんできない。しかしその意思は徐々に周囲の人々に伝わり、自立につながる。ここにこの舞台の大きなテーマがあるだろう。

 事故から10年後、黒田さんは電動車いすに乗る決断をする。一人でスーパーに行き、買い物もするようになり、ケアセンターの人々を驚かした。親しくなった店員とはLINE友達にもなった。さらに、障害者の旅行をサポートする団体の助けをかりて、介護タクシーと飛行機を利用して出雲市にでかけ、脳損傷者に関する学会にも参加した。この出雲旅行のエピソードは、さまざまな支援団体の存在や公共交通機関の工夫とサポートの現状を観客に伝える。

 最後に「未来を良くするために今を頑張る黒田です。自分なりにね」という黒田さんのメッセージがスマホ経由で紹介されて、舞台は終わった。学びの多い40分だった。

 『ともにゃの部屋』の企画は、2021年9月に世田谷区下馬で開催された「極楽フェス’21」で黒田さんが自分の経験を話したいと世田谷パブリックシアターのスタッフに相談したことがきっかけだったという。その後、スタッフが彼の思いを共有し、ワークショップファシリテーターの大道朋奈らに声掛けしてインタビューを重ね、演劇の形に仕上がった。文化庁の「文化芸術による子供育成推進事業ユニバーサル公演事業」にも採択され、全国の小中学校にツアー公演を行ない、2022年度は5公演、2023年度は20公演行ったという。

 今回の公演では、黒田さんが通うケアセンターふらっとの川邊氏もトークに加わり、学校ツアーの実際の映像を紹介してくれた。学校ツアーでは、黒田さんクイズをしたり、黒田さんとスーパーで出会うという設定で一緒に買い物ゲームをしたりして、子どもたちが黒田さんと交流する時間も設けられているという。ゲーム中の子どもたちの嬉しそうな様子は映像でも紹介され、わたしたち観客に強い印象を残した。

 川邊さんは演劇の力を強調した。黒田さんと二人で授業をする場合、体の不自由さばかりを話してしまい、わかってほしいという気持ちが前面に出るという。一方、俳優たちが介在して演劇が立ち上がると、劇を通して黒田さんの人柄が伝わる。しかも本人も同じステージにいる。演劇にはできることがある、という言葉で川邊氏のトークは終わった。