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3.共生社会にむけて:劇場の果たす役割

 世田谷パブリックシアターでは、開場翌年の1998年に世田谷演劇工房「地域の物語」ワークショップ(公開講座「まちを撮る」「まちを見る」「まちに聞く」)を開催して以来、毎年「地域の物語ワークショップ」を実施してきた。世田谷区在住の人々に参加を呼び掛けて、自分たちや周りの人々の思いや生活、人生、現在進行形の社会問題などをテーマに、地域コミュニティ全体で共有しうる「地域の物語」を舞台化する取り組みである。実際、『地域の物語~1960年代の世田谷』(2012年)、『地域の物語~わたしの結婚』(2013年)、『介助するひと、介助すること』(2014年、2015年)、『生と性をめぐるささやかな冒険』(2016年、2017年、2018年)、『家族をめぐるささやかな冒険』(2019年、2020年)、『生きること、死ぬことをめぐる冒険』『下馬のゆうじさんをめぐる冒険』(2021年)、『老いをめぐるささやかな冒険』(2022年)、『看取りをめぐる物語』(2023年)などのこれまでのテーマを見るだけでも、同劇場が取り組んだ地域の人々との対話の成果が多様で充実していることがわかる。2019年にはシンガポールの劇団ネセサリーステージも参加し、海外劇場との多文化交流の試みもなされている。

こうした息の長い企画はまさに公共劇場にふさわしい。地域の人々が声を上げ、その声を地域内外の人々が聴くことで、さまざまな問題を共有する役割を劇場が率先して果たしている。

 今回の『うけいれる身体、うけいれられない身体』では、演劇経験のあるファシリテーターと俳優が中心となって当事者にインタビューを行い、持ち寄った言葉をワークショップで検討してシーンと仮台本を作り、当事者を招いて試演会を行い、得られたフィードバックをもとに台本を練り直して本番をむかえたという。世田谷パブリックシアターではこのようなやり方を「聞き書き」と名づけており、すでに長い期間にわたって経験が積まれている。

 地域に暮らす人々の参加を得て舞台をつくる場合、当事者の積極的な参加と作り手との信頼関係は欠かせまい。『うけいれる身体、うけいれられない身体』に参加した南雲君江さんや実方裕二さんは、これまで何度も演劇ワークショップに参加している。2021年3月の「地域の物語2021」では、世田谷区内の小学3年生から6年生の子どもたち12名が裕二さんの話を聞いて演劇作品『下馬のゆうじさんをめぐる冒険』を作り、シアタートラムで発表した。同年9月に世田谷区下馬で開催された「極楽フェス’21」では、『介護と障害を巡る旅~ゆうじさんちシアター』がプログラムに組まれ、世田谷ボランティア・センターを出発して裕二さんの自宅を訪問するツアー型演劇が実現した。このとき構成を担当した柏木陽と俳優の山本雅幸は、今回のステージにも参加している。

 ツアー型演劇では参加人数が限られる。そこで、さらに多くの観客に当事者の思いを共有してもらおうと、南雲夫妻と辻安光さんの協力を得て制作されたのが、『うけいれる身体、うけいれられない身体』だったという。2022年3月20日に初演され、今回は同年10月の豊橋公演を経ての再々演である。石田廸子は豊橋公演から、窪田道聡は今回からあらたに参加した。同じ作品でも参加する俳優が変わったり、発表する年の社会情勢の変化などに応じて構成や言葉が変わったりする。ドキュメンタリー演劇の手法として世界的に定着している当事者参加型ワーク・イン・プログレスの世田谷版と言えるだろう。公演の実現には支援スタッフや医療関係者をはじめ、たくさんの人々の協力があった。

 俳優は、当事者から託された思いを胸に、当事者とその周りの人々を何役も演じるだけでなく、他の俳優の聞き書きも語り、さらに自分の受け止め方も語る。『ともにゃの部屋』では当事者も同じステージに立つ。さまざまなレベルの言葉の位相を自在に行き来することが演じ手に求められるが、そのことが演技のダイナミズムを生む。深刻になりがちなテーマにもかかわらず、喜びが会場を満たす。劇場は、健常者と障害者とにかかわらず、わたしたち一人ひとりが共生に向けて歩む手がかりを考える場となった。