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【鈴木】今後のことをお聞きします。6月からフランクフルトとオッフェンバッハで開催されるの世界演劇祭に参加されますね。

【市原】人形を使った劇を創ろうとしています。日本で創作して持って行く形で、Q主催の座組です。出演はハンブルク・ドイツ劇場の専属俳優の原サチコさん、音楽は西原鶴真さん、人形遣いは大崎晃伸さん、川村美紀子さん、畑中良太さんという三人です。

【鈴木】リーディングを城崎でされると伺いました。

【市原】はい、城崎国際アートセンターにて年末に滞在制作とリーディング上演をやってきました。

【鈴木】それは日本でもいつかは見られるんですかね?

【市原】9月に高知県立美術館、豊岡演劇祭のディレクターズプログラムとして城崎国際アートセンターで上演される予定です。

【鈴木】皆さん、楽しみになさってください。

 

■会場からのQ&A

【質問1】『Madama Butterfly』だったらメタ構造、『妖精の問題』だったら落語のように、形式に注意を払われていらっしゃるのでしょうか?

【市原】日常会話などは書いたことがないので、これをどう舞台上で発するかという時に、そういう形式を持ってくるとピッタリすることがあるので、そういうのを持ってきたりします。さっき竹中さんが言ってくれたように、俳優さんの方で、歌ったらどうかとか、台本が覚えられないからインタラクティブなセミナーとかにした方が良いんじゃないかとか、そういう風に形式を持ってこられたりもします。既成のものが舞台にくると、その違和感というものが面白いと思うんですよね。落語はこういうものだろうと思っていたのが、更新される。そういう広がりもあると思うので、そういう意味でも既成の形式を持ってくるというのを、すごく面白く思っています。

【質問2】ドラマトゥルクを付けていらっしゃいますが、ドラマトゥルクはどういう役割を果たしているのか、どういう期待をされているのか、どのような形で関係性を作ったりしているかをお聞きしたいです。

【市原】『妖精の問題』からドラマトゥルクというものが出てきているんですけど、自分の創作をもっと開いていきたいというタイミングで入ってきていると思います。ドラマトゥルクというのは、たぶん創作の現場で、権力が集中し過ぎないという役割もあると思うんです。一対一で俳優さんと私がやっていたら何か厳しい状況になっていくと思うんですけど、ドラマトゥルクの人がいることで、権力が分裂したりする。でもやっぱりそういう人がいることは、私が独裁的に創っていくよりも――俳優さんとももちろんディスカッションしますけれど――俳優じゃない人がいて、作品に何か意見を出していくというのは、俳優さんにも救いになると思うし、私も分割してもらうというか、それが健康的に作れる環境になるのかなと思います。

【質問3】『Madama Butterfly』でも他の脚本でも、すごく偏見や差別をする人が登場人物として出てくる。その描き方が、こういう偏見って日常にあるなって思っておかしくなっちゃうんですけど、舞台で創っていく時に、どういうことを考えられていたりするのでしょうか? 偏見を観ながら、面白い、と思ってしまって良いのかな、と思うんですけど……。

【市原】どうなんですかね。この起こってしまう笑いって、馬鹿にして笑うという笑いではないと思うんですよね。ユーモアというか、たとえば正面切って「差別はいけない!」っていう劇があったら、それはぜんぜんユーモアないじゃないですか。でも何かを届ける時って、ユーモアがすごく大事だと思っていて、そうすると人は受け取って心に残ったりすると思います。

【竹中】『Madama Butterfly』で、私がすごく好きで、でもカットされてしまった台詞があるんです。リハーサルのシーンで、俳優役の人が「世の中の善悪からはみだしてしまうことを扱うことが芸術だと思う」という名台詞。私も俳優として芸術に関わっていく中で、一つの答えとまではいかないですけど、そういう善と悪に入らない部分というのが、どうしても持ってしまう偏見だったり差別の感情だったり、そういうところをあえて言っていくというところに、何かユーモアが生まれるのだと思いますね。さっきの『妖精の問題』の「ブス」のシーンでも、実は「デブ」の子がずっとしゃべっているんですが、彼女が言っていることって、道徳的には間違っているのかもしれないけど思ってしまうことを言っていて、確かに分かるってことがあったりとか。政治家の逆瀬川志賀子が「ご飯を食べられなくなったら死ぬことにましょう」って言うのも、一瞬「えっ?」ってなるんですけど――私も昨年父が死んで、最後の方はご飯が食べられなくなったんですけど、逆瀬川志賀子のことをすごく考えたんですよ。それだけ、心に残るというか。さっき市原さんもおっしゃってたんですけど、日常の中に、フェミニズムとか女性ならではの感覚とかではなくて、私たちが人間として接する生と死だったり、老いだったり、出来れば見なくて済むならそうしたいというところが書かれていて、その書き方が面白い。私、すごくラップが好きなんですけど、市原さんがラッパーになったらすごいですね、パンチラインの連続みたいな感じで。

【質問4】市原さんの作品を観ていると演劇の2500年の歴史で作ってきたヒエラルキーを解体してしまったという印象を受けます。プロセスの中でリアルを超えたリアルが出てきてしまう。ただ、プロセスですから、どこかで完成品として舞台に上げなくてはならない。市原さんはそれをどの時点で完成品として見せているのでしょうか。それとも時間がきたから仕方ないというものだったりするのでしょうか?

【市原】時間がきちゃったから仕方がないが一番大きいかもしれないです。だから繰り返し再演していく中で、あ、今日が完成かも知れないという風なことを思います。

【竹中】『Madama Butterfly』に関しては、本当に複数の都市で、本当にさまざまな層の観客の前で上演していて、割と初演以降は作品を少し手放して……。

【市原】契約的にも商業的な意味でも、初日が開けたらその作品はもう演出家のものじゃなくなっちゃうんですね。

【竹中】もっと演出家の方が本番中も一緒に回って、ずっとノートとかダメ出しみたいなことをされるという現場もあると思うんですけど『Madama Butterfly』に関しては、作品と観客とスタッフの人たちの間で育って行ったという感はあります。

【質問】市原さんが求める観客、劇場がこうあったら良いなというのはあるのでしょうか?

【市原】他人事ではなく自分事として受け取ってほしいというのは毎回あります。それでその人に、影響というか、価値観が揺さぶられたりしたら良いなと思っていますね。それはすごくお客さんの中で起きている感じが分かる時もあって、最初笑ってた人が笑ったことを気まずく思っていたりとか、笑っている人に対して嫌な顔をしているお客さんがいたりとか、みんなその時間でいろいろなことを受け取っているなという時はすごく良い感じがしました。


――最後に一言お願いします。

【鈴木】さっき笑いの話も出てきましたが、市原さんの作品を観る度に、ここはどういう場なんだろうと考えさせられます。たとえば、「ブス」の話だったり、妊娠・出産の話題が出た時に、大人の男性とかが笑っていたりすると、「分かったフリしやがって」とか思ったりしたこともあるんです。でも、そのある種距離をとった「笑い」の感覚が、演劇の時間の中でずっと継続していたのかは分からないし、そのことに角が立っちゃう自分っていうのはなんなのか? ということを含めての演劇体験なんだとあらためて気がつきました。

【市原】『虫』から振り返って、『虫』を創っている時は、振り返るほど作品を創るとは思ってなかったので、それが竹中さんが隣にいて、そんな機会がもらえたっていうことが、本当に感慨深い時間だったなと思いました。ありがとうございました。

【竹中】演劇ファンとして言わせてもらうなら、いま配信がいっぱいあってお家でも演劇が観られますけど、誰かが笑ったからムカつくとか、お客さんが一つの場所に集まるっていうことでノイズが生まれて、一応、2時間出られないとか、半拘束状態にある劇場という空間が私はすごく好きです。市原さんの作品をやっていると、本当に毎回違っていて、こっちが演じてるんだけど、こっちがお客さんのスペクタクルを観ているような感覚にもすごくなって――皆さん、劇場に来てください!

(2023年1月29日/座・高円寺2にて)


市原佐都子(いちはらさとこ)
劇作家・演出家・小説家・城崎国際アートセンター芸術監督。1988年大阪府生まれ福岡県育ち。2011年よりQ 始動。人間の行動や身体にまつわる生理、その違和感を独自の言語センスと身体感覚で捉えた劇作、演出を行う。2011年、戯曲『虫』にて第11回 AAF 戯曲賞受賞。2017年『毛美子不毛話』が第61回岸田國士戯曲賞最終候補となる。2019年に初の小説集『マミトの天使』を出版。同年『バッコスの信女─ホルスタインの雌』をあいちトリエンナーレにて初演。同作にて第64回岸田國士戯曲賞受賞。2021年、ノイマルクト劇場(チューリッヒ)と『Madama Butterfly』共同制作。チューリヒ・シアター・スペクタクル、ミュンヘン・シュピラート演劇祭、ウィーン芸術週間等で上演。2022年、ロームシアター京都レパートリーの創造にて『妖精の問題 デラックス』を上演。

 

竹中香子(たけなかきょうこ)
2011年に渡仏し、日本人としてはじめてフランスの国立高等演劇学校の俳優セクションに合格し、2016年、フランス俳優国家資格を取得。パリを拠点に、フランス国公立劇場を中心に多数の舞台に出演。2017年より、日本での活動も再開。フランスの演劇教育や俳優のハラスメント問題に関するレクチャーやワークショップを行う。2021年、フランス演劇教育者国家資格を取得。主な最近の出演作に、市原佐都子作・演出『Madama Butterfly』『Madame Chrysanthemum』、太田信吾作・演出『最後の芸者たち』。太田信吾との共同企画、映画『現代版 城崎にて』では脚本を担当。2022年度KIACレジデンスアーティストとしてフランソワ・グザビエ=ルイエとソロパフォーマンス作品を共同執筆中。近年は、演劇の創作現場における日仏通訳を多数受け持つ。https://mill-co-run.com

 

鈴木理映子(すずき・りえこ)
編集者、ライター。演劇情報誌「シアターガイド」編集部を経て、2009年よりフリーランスとして、舞台芸術関連の原稿執筆、冊子、書籍の編集を手がける。NPO法人芸術公社創立メンバー。成蹊大学文学部芸術文化行政コース非常勤講師。東京芸術祭ファーム2022ラボ 〈ファーム編集室〉室長。【共編著】『〈現代演劇〉のレッスン』(フィルムアート社)【共著】「宝塚風ミュージカル劇団のオリジナリティ」(『地域市民演劇の現在芸術と社会の新しい結びつき』森話社)「翻訳ミュージカルの歴史」(『戦後ミュージカルの展開』森話社)「漫画と演劇」(『演劇とメディアの二十世紀』森話社)【監修】『日本の演劇公演と劇評目録1980〜2018年』(日外アソシエーツ)、ACL現代演劇批評アーカイブ https://acl-ctca.net/