北村明子 『To Belong / Suwung』 撮影:塚田洋一
北村明子 『To Belong / Suwung』 撮影:塚田洋一

 バニョレ国際振付家コンクールがまだ行われていた頃、香港のユーリ・ンが横浜プラットフォームで賞を取り(1998年)、韓国のアン・エスンが韓国のプラットフォームで選出(2000年)され、彼らの作品の中にそれぞれの歴史的な事象や伝統文化の素材を絡ませていることに興味をもった。そのころ日本のコンテンポラリー・ダンスはどちらかというとヨーロッパに目を向けていて、アジア的なものの方が距離があり、異文化のような気がしていた。本当はヨーロッパの方が異文化なのに、社会全体が欧米化しているせいか、アジアより距離が近いのだ。今、新しい発見があるとしたら、アジアの方にあるだろう。ヨーロッパよりも、アジアに目を向けた方がおもしろいかもしれない。北村明子の新作を見て強くそう思った。

 北村明子は2011年から、インドネシアのアーティストたちと国際共同プロジェクト「To Belong」を開始した。今回、青山界隈で行われたダンスフェスティバル Dance New Air 2014 で上演されたのは、このプロジェクトの最新作にあたる『To Belong / Suwung』(青山円形劇場、10月3日所見)。このシリーズを続ける過程でひとつの新たな世界を切り開いたと言える素晴らしい作品だった。インドネシアの文化へ手探りで分け入ることで、北村はアジアを再発見した。日本人が忘れていたことを今でも大切にしている人々との交流から、彼女は新しいものを発見したのだ。それはアジアの発見だけでなく、自分の中にあったものを発見して変わることだったかもしれない。

 レニ・バッソ時代の北村の作品は、生々しい素材があったとしても、北村流に濾過されて洗練され、現代的なひとつの様式ができていた。そういうスタイリッシュなダンスが、コンテンポラリーな感性として同時代的に受け止められていたし、好まれていた。でもこの作品では大きく変わっていた。

 冒頭のシーンで、この作品をスラマット・グンドノに捧げるという言葉があり、彼の姿と言葉がビデオで流れた。グンドノは、北村がそれまで共同作業してきたインドネシアのミュージシャンで、今年の初めに亡くなられたという。この始めのシーンで北村が大きく変貌したことを確信した。生の素材をそのまま最初にもってきたり、彼の死を悼む気持ちを作品中で表明することは、これまでの彼女の作品ではあり得なかっただろうから。同時に彼との出会いの大きさもうかがい知れた。この作品では全体を通じて人間的な交流の深さを感じ取ることができたが、それが大きく彼女を変えたのだということをあとから知った(セゾン文化財団ニュースレター viewpoint 67より)。

北村明子 『To Belong / Suwung』 撮影:塚田洋一
北村明子 『To Belong / Suwung』 撮影:塚田洋一

 この作品のダンスとしての魅力は、動きの語彙の豊富さだろう。見ほれる動きの数々。危ういバランスの中で体が捻れたり、ひっくり返ったり、くるりと方向が変わったりしてハラハラさせられるかと思えば、優雅なゆったりとした動きも、力強く激しい動きもある。インドネシア人ダンサーのリアントは伝統舞踊で鍛え上げられた力強さと優雅さで、日本人ダンサーの川合ロンや西山友貴や大手可奈はスピード感と浮遊感で魅了する。それぞれが異なる舞踊言語を持ちながら、みごとに共存し、混ざり合う。インドネシア語でのラップ音楽が流れても、まったく違和感なく、それぞれがそれまでの流れに乗って踊った。

 ダンスの魅力に加えて、この作品でのコラボレーションは、ドラマトゥルクの存在により作品が骨太になっただけでなく、北村が自由になったように思えた。北村自身のソロのダンスには、これまでの軽快感に加え、ゆとりと余裕が加わり、振付には彼女の持ち味のスピード感と緊迫感に加えて、遊び心がでてきたように見えたからだ。

 ドラマトゥルクは、インドネシアの演出家のユディ・アフマド・タジュディン。物語性や作品の基軸になるものへのタジュディンのこだわりは、北村の考えと違いがあるように見えたけれど、違いを無理に埋め合わせようとするのではなく、ゆるく、柔らかく混ざり合っていたようだ。それが作品に厚みを感じさせたのだろう。それぞれが共鳴したという詩を元に作り上げたとのことだが、そこには、目に見えないもの、透明な何かの感触への、ふたりに共通した思いが、異文化と異分野を越えて共鳴していたのだろう。

 コラボレーションと銘打たれる作品は、異なる分野や文化をかけあわせたことに話題性があることが多い。その意義は第一にアーティスト同士が共同作業による発見により次のステップに行くための芸術的刺激を得ることであり、人間と人間の交流であろう。だから、往々にして作品の完成度や面白さは二の次になる。特に国際共同制作だと、時間や経済的な制約から継続はなかなか難しく、コラボレーションと銘打たれていても、海外参加のアーティストはゲストアーティストとして参加している程度のものも多かった。北村が自身のカンパニーを解散後に始めたインドネシアとのコラボレーションも、始まりの頃はまだ試行錯誤の過程と見えて、作品として一人歩きを始めるほどの生命力と作品の厚みにはまだ遠いような気がしていた。だが、この作品には、4年にわたる共同作業を続けて来た成果が確実に現れ、作品そのものがしっかりと生命を得た感触があった。

 アジアへ北村明子が向かったのは、インドネシアの武術に魅かれた彼女のプライベートな欲求に基づいたものかもしれない。しかし、欧米からアジアへの視線の移行が以前にもまして必要になってきている、ということに直観的に気づいたからなのではないかとも思った。それは自分の生きている土地、歴史、社会とのつながりや結びつきの再発見ということなのかもしれない。

To belongプロジェクト www.akikokitamura.com/tobelong/