私たちは劇場に、彼らは刑務所にいる――名取事務所「占領の囚人たち」/新野守広
『占領の囚人たち』(2023年2月17日~2月26日、下北沢「劇」小劇場)を見た。イスラエル在住のパレスチナ人への不当な差別を訴える舞台に心を打たれた。
休憩をはさんで二本立ての公演。前半は『Prisoners of the Occupation』東京版(作=パレスチナ人政治囚、エイナット・ヴァイツマン)、後半は『I, Dareen T. in Tokyo(アイ・ダーリーン・ティー・イン・トーキョー)』(作=ダーリーン・タートゥール、エイナット・ヴァイツマン)。両作品とも翻訳・ドラマトゥルクは渡辺真帆、演出は生田みゆき。出演は前半がカーメル・バーシャー、鍛治直人、松田祐司、西山聖了。後半が森尾舞。公演時間はどちらも1時間強だった。
二本ともイスラエルのユダヤ人作家エイナット・ヴァイツマンがパレスチナ人政治囚に聞き取りを行い、彼らが刑務所で受けた非人道的な扱いを再現したドキュメンタリー演劇であるが、日本公演はたんなる翻訳劇にとどまらなかった。日本側の俳優たちは公演前に現地を訪れ、ワークショップを行い、当事者に会った。その体験は明らかに彼らの演技に躍動感を与えていた。さらに、著名なパレスチナ人俳優カーメル・バーシャーが来日して舞台に立った(彼は英語とアラビア語で語り、日本語の字幕がでる)。こうして生み出されたパレスチナ、イスラエル、日本の語りが飛び交う舞台は、映像、字幕、コメント、レクチャー・パフォーマンスといった、当事者の問題を当事者以外の文化圏の観客と共有するための工夫がさまざまに凝らされており、興味が尽きなかった。以下、舞台の特徴と概要を述べたい。
被抑圧者との共闘
まずチラシに、複数の名前が作者として記されている点に興味をひかれた。『Prisoners of the Occupation』(東京版)の作者は「パレスチナ人政治囚、エイナット・ヴァイツマン」。つまり匿名のパレスチナ人政治囚とユダヤ人作家ヴァイツマンの名前が併記され、しかも政治囚が先に来ている。作家は元政治囚たちの話を聞き、彼らの実体験を再構成してウィサームという架空のパレスチナ人の物語を作り上げたという。これは簡単なことではない。現在のイスラエルでは、パレスチナ人の問題を取り上げる作家は、たとえユダヤ人であっても、圧力を受けるからである。
イスラエルはユダヤ人のために作られた国家であるが、1948年の建国後も国内にとどまったパレスチナ人が今も居住し、イスラエルの総人口の約2割を占めている。しかし彼らにはユダヤ人と同等の法的権利が与えられていないばかりか、数々の差別を受けて不自由な暮らしを強いられているという。1)2018年に成立したユダヤ国民国家基本法にともない、民族自決権も公用語も彼らには認められていない。2022年末に成立した第6次ネタニヤフ内閣は史上最右翼とも称され、パレスチナ人自治区へのユダヤ人入植(パレスチナ人の土地収奪)が止まる気配はない。
一方、著名な舞台・テレビ女優として活躍していたヴァイツマンは、2014年、イスラエル軍のガザ侵攻を批判する「Free Palestine」という標語をプリントしたTシャツを着た写真がネットに拡散され、ユダヤ人からヘイトスピーチの標的にされた。
異分子狩りに反発した彼女は、以後、イスラエルにおけるパレスチナ人への差別の実態を暴く演劇活動を本格化させた。たとえば2017年のフェスティバル/トーキョー17で上演された『パレスチナ・イヤー・ゼロ』は彼女の作・演出による舞台だ。来日した俳優たちはイスラエル政府が行っているパレスチナ人の家屋破壊と土地収奪を一件ずつ舞台上で再現し、その不当さを訴えた。
『Prisoners of the Occupation』(東京版)は、ある日突然逮捕された若いパレスチナ人ウィサームが刑務所で執拗な拷問をうけ、身に覚えのない自白を強いられたあげく、不当な判決に抗議してハンガーストライキを敢行し、独房に監禁される物語である。2017年のアッコー演劇祭で初演されるはずだったが、アッコー市長が上演を禁止し、2019年にようやく上演された。
そもそもヴァイツマンは差別する側に属している。非当事者である彼女が差別される当事者の苦しみや痛みを表現するモチーフはどのようなものだろう。
今回の公演の後半『I, Dareen T. in Tokyo』には、当事者ではないヴァイツマンが当事者の苦しみを描くことを決意する印象的な場面がある。そこで彼女は次のように言う。
「私のカラダと声をあなたにあげたい。」
「あなた」とは、テロ扇動の疑いをかけられて投獄されたパレスチナ人の詩人ダーリーン・タートゥールである。「カラダと声をあなたにあげ」ることは、ユダヤ人であるヴァイツマンがパレスチナ人を舞台で演じてその苦しみを表現しその立場を代弁することを意味するが、それだけにとどまらない。イスラエル国内で排除されたパレスチナ人の語り(ナラティヴ)を立ち上げ、それをイスラエルはもとより世界各地で響かせ、多くの人々の耳に届けることが目指されている。つまり彼女の演劇はパレスチナ人をテロリストと決めつけ排除するイスラエル国家の方針に逆らう政治的な行為であり、作家の身には圧力がかかる。
実際、ヴァイツマンは、イスラエルの文化大臣からテロリストを礼賛していると名指しで非難され、女優としての活動が立ち行かなくなった。こうした社会的制裁も、パレスチナ人が刑務所で強いられる非人道的な扱いと苦しみに比べれば、大したことではないと彼女は言い切る2)2023年2月18日に開催されたシンポジウム「演劇と抵抗:48/イスラエルでパレスチナ人のナラティヴを表現する取り組み」(於:立教大学)におけるヴァイツマンの発言より。イスラエルではパレスチナ人政治囚の報道はまったくない。刑務所は占領の装置の一つであり、囚人の問題はイスラエルが推進するパレスチナの植民地化計画と切り離すことはできないという。ヴァイツマン自身、彼らの実態を知ったとき、大変なショックを受けた。そこから彼女は「ひとたび不正義を見たものは、後戻りできない」3)同上。との信念を抱き、活動を続けている。
被抑圧者との共闘を続けるヴァイツマンは、抑圧者の側に属する者は謙虚でなければならない、被抑圧者に従い、彼らから学ぶ姿勢が大切であるという4)同上。。『Prisoners of the Occupation』(東京版)の作者表記が「パレスチナ人政治囚、エイナット・ヴァイツマン」、つまりパレスチナ人が第一にあげられ、作家である彼女の名前が後に続くのは、こうした彼女の姿勢を示していよう。
註
1. | ↑ | 2018年に成立したユダヤ国民国家基本法にともない、民族自決権も公用語も彼らには認められていない。2022年末に成立した第6次ネタニヤフ内閣は史上最右翼とも称され、パレスチナ人自治区へのユダヤ人入植(パレスチナ人の土地収奪)が止まる気配はない。 |
2. | ↑ | 2023年2月18日に開催されたシンポジウム「演劇と抵抗:48/イスラエルでパレスチナ人のナラティヴを表現する取り組み」(於:立教大学)におけるヴァイツマンの発言より。 |
3, 4. | ↑ | 同上。 |