日本人はなぜこれほど深くベートーヴェンを愛するのか。上田久美子作・演出の宝塚歌劇『fff フォルティッシッシモ――歓喜に歌え!』に、その答えが隠されている。/天野道映
■作品を織りなす「3」
『fff』には3という数字が深く関わっている。題名に「f」を3つ重ねたのは意図的である。『エリザベート』の基本的対立軸が、ヒロインとトートの2者の間に置かれていたのに対して、ここでは主人公に対する者として、ナポレオンと「謎の女」がいて、3者の間の葛藤になる。これが縦糸を形作る。幕開きに登場する狂言回しの音楽家も3人顔を並べていた。
演出家が3にこだわるのは、それが社会を形作る最小限の数字だからであろう。たとえ主題が極私的エロスの場合であっても、それを社会と時代の中に置いて描く。この姿勢は2013年のデビュー作、月組公演『月雲の皇子』以来一貫して変わらない。『fff』では、縦糸を織りなす3人に絡みつつ、もう1人のキャラクター、ゲーテ(彩凪翔)が登場して、あたかも建物の柱と柱を斜めに繋ぐ筋交いのように、ナポレオンとベートーヴェンを繋ぐ役割を果たし、この3人の顔ぶれが横糸を織り出していく。
ゲーテはナポレオンに向かって言う。
あなたの理想は正しいかもしれない。ですが、それは武力ではなく、言葉と精神によって達成するべきです。あなたの天才的軍略を瞬時に離れた場所に伝え、遠くの戦況をまた瞬時にあなたが知る、そんな手段があれば、あなたは全世界に勝利できる。だが現状あなたの命令が届くのは、早馬の届く範囲だけ。だから規模の大きすぎる戦争には勝てない。
ゲーテはベートーヴェンに向かってはこう言う。
あなたが反体制的な自由主義者というのは有名だが、ナポレオンがヨーロッパで勝ち続けているからこそ、革命思想を各国も弾圧できず、今のところ自由主義者も容認されている。だがナポレオンが負けたら?
すべてはゲーテの予想どおりになる。ナポレオンはロシア遠征に失敗して、セントヘレナへ流され、ウィーンには反動の嵐が吹き荒れる。自由主義者ベートーヴェンは疎外され、持病の難聴は高じて聴力を失い、愛を失い、絶望の淵に沈む。
■苦難の果ての光
そのときドラマは高く飛翔し始める。演出家は宝塚という芸能の切り札を切る。それは岸田辰弥が戦前ヨーロッパから持ち帰って日本に根付かせたレビューという芸能形態に他ならない。レビューの流れは戦後鴨川清作によって、洗練の極みに達し、「幻覚派レビュー」を生み出す。その後継者は草野旦をもって終わるかと思われていたが、上田久美子が鮮やかに蘇らせた。
ベートーヴェンはロシアの雪原に倒れている。あたりにはフランス兵の死体が散乱している。ナポレオンが銃を杖にやってきて、ベートーヴェンがまだ生きているのを見つけ、肩に支えて歩かせようとする。
「ここはどこだ」
「ロシアだ。我が兵士よ」
「俺たちは何のために生きてるんだ」
すべてはベートーヴェンの幻覚であり、演出家はこの仕掛けの下に、以下のナポレオンのせりふに託して、作品の根源的なテーマを語り始める。
ヨーロッパの国々を一つの連合にする。ヨーロッパ諸国連合だ。その中で、人々は国境を自由に行きかい、取引をし、どこにいても共通の祖国にいると感じる。世界が豊かになる方法は、人と物と情報が自由に遠くまで運ばれ、優れたものが交換されることだ。交流し、一つになること。
これは現在のEUの思想に重なり合う。同時に『エリザベート』のルドルフ皇太子の抱いた思想の遠い木霊を聞く思いがする(時代設定は『fff』の方が半世紀ほど早いことになるが)。皇太子はハプスブルクの帝政を廃止し、平等な立場に立つ諸民族による「ドナウ連邦」を作るという過激な構想を抱いていた。これは父フランツ=ヨーゼフ一世の知るところとなり、追い詰められた皇太子は、雪のマイヤーリンクで伯爵令嬢マリー・ヴェッツェラとピストル心中を遂げた。もっとも皇太子の心中事件は謎に包まれていて、皇太子の反乱と挫折を設定したのは、作者クンツェの創作である。
『fff』の作者は世界の理想的なありかたをやはり自身の創作として、ナポレオンのせりふ(実はベートーヴェンの思い)に託して語っている。
■源泉はカントの哲学
その思想の源泉をたどれば、世界市民主義の思想と国際連盟の理念を提起した18世紀ドイツの哲学者カントに行き着く。演出家はそのことをベートーヴェンとナポレオンの続くセリフに書き記している。
「おい。好きな本は?」
「うーむ。カント」
「俺もだ」
遠くかすかに交響曲第5番「運命」が聞こえてくる。ベートーヴェンとナポレオンは手を取り合って叫ぶ。
「タタタターン。4つの音。それが増えてまた4つ」
「音楽も作戦も、組み立て方は同じだ」
雪中に倒れていた兵士たちは3つの8分音符と1つの2分音符となって立ち上がり、4人が一組に列を作り、倍また倍と増えて方陣を形作る。
攻撃陣形を取り左方へ展開。
第4楽章が豪快に盛り上がり,ナポレオン麾下の大軍団が晴れ渡った雪原を埋め尽くして踊る。まるでユークリッド幾何学の公理のとおり直線はどこまでも真っ直ぐに延び、直角三角形に関するピタゴラスの定理のように、曖昧なところの微塵もない正確な図形を形作って。ここには人間精神の極限の姿がある。
だがいつまでも続くわけではない。銃声が響いて音楽はよろめき、ナポレオンは倒れ、見事な隊列で踊っていた音符の兵士は、雪上に無秩序に倒れ伏していく。