Print Friendly, PDF & Email

新型コロナウイルスと演劇界

嶋田 この『歳月/動員挿話』公演は3月17~29日まで上演予定でしたが、新型コロナウイルス対策のため、28日(土)2公演、29日(日)1公演の合計3公演を中止にしています。またこの公演の記念イベント『岸田恋愛短編集』(前出)も公演延期となっています。皆さんもご存じのように、首都圏の演劇界はこの時期以降、現在(座談会開催日5月24日)に至るまで、全て公演中止となっています。
 文学座はアトリエ70周年記念としてこの『歳月/動員挿話』、『熱海殺人事件』(4月28日~5月10日)、『ガールズ・イン・クライシス』(12月4~16日)を予定していましたが、そのうち『熱海殺人事件』は全公演中止が決まっています。つかこうへい没後10年の本年(2020年)、『熱海殺人事件』を初演した文学座が、若手の稲葉賀恵さんを演出に起用することもあって、多くの人が注目していた公演でもありました。誠に残念でなりません。
 文学座はこのような事態にあわせて、「BUNGAKUZA at Home」という期間限定のホームページを立ち上げて、文学作品の朗読や対談などの企画、情報を発信しています。このページが実に興味深く、私は毎日チェックしています。特に俳優たちの朗読は、実に魅力的です。
 この時期の座談会ですから、皆様には現在の新型コロナウイルスによって公演中止に追い込まれた演劇界について、一言ずつお願いできればと思います。

野田 観劇した3月25日の時点では、劇場や公演がこの先どんどん中止になることが十分予想されました。あえて3月末に何本か観劇を入れたのも、万一罹患しても、大学が開くまでに間に合うぎりぎりの時期かなと思ったからです。まあ、私自身、重い症状が出る可能性について甘く見ていたということでもあります。3月25日から4日間ぐらいで、私は4本を観ていますが、客が一番入っていたのがこの『歳月/動員挿話』です。アトリエ公演は、消毒などはありましたが、座席組はスペーシングもない状態で、満席でした。やはり、若い演出家の芝居を文学座のキャスティングで見てみたいという期待は大きかったのだろうと思います。
 私は医学の専門家ではありませんから、いつ劇場を再開すべきかとは言えません。せいぜい言えるのは、とにかく補償制度をもう少ししっかりと早めに動かしてくれということぐらいです。しかし、少なくとも『歳月/動員挿話』の公演は満員で、かなりのお客さんがその後のポスト・パフォーマンス・トークまで残っていましたから、徐々に再び通常営業や演劇ができるようになっても、やはり文学座というものは一つの中核になり得るところだろうと思いました。これからも期待しています。

新野 今、劇場は閉鎖を余儀なくされ、オンラインでの上演が少しずつ出ている状態です。ところで今、世界を見渡すと、行き過ぎたグローバル化や環境破壊、地球温暖化などのさまざまな問題を振り返ろうという気運が高まっています。現代社会の思想的見直しが進んでいるのです。ですので、劇場が再開されるようになっても、元の在り方にそのまま戻るのではなく、今のこの状況のもとで作り手も観客も必死でいろいろなことを考えている。それを受け止めて生かす形で、再開して欲しいと思います。人が集まらないと出来ない演劇は、新型コロナウイルス禍ではきわめて不利なジャンルです。経済的にもとてもつらい。でもこれからは、世界中の人々が考えていることを劇場の中でも考えられるような、一言で言えば私たち自身と社会を批判的に考えられるような、そういう舞台が増えると思っています。若い世代が育っている文学座ならそれができます。もちろん文学座に限りません。これまで以上に斬新な表現を開拓して、観客を惹きつける舞台を作って欲しいと願っています。

小田 私は『歳月/動員挿話』を3月19日(木)ソワレで見ました。その段階で、多くの劇場では延期や中止が決定していたので、この公演を見に行くのにも多少の勇気が要りました。開催することについても大変な覚悟が主催者側に必要だっただろうと推測します。劇団側も観客側も必死な思いで、演劇をしっかり見ようという気持ちが、会場内にあふれていたように感じます。いろいろと状況が変わっていく中で、われわれが今体験していることを、将来に活かすためにはどのようにいしたらいいのか、じっくり考えたいというのが正直なところです。
 ネット配信やZoomでの交流会など、本当にさまざまな試みがなされていて、これまで人類が危機を乗り越えてきた実態を目の当たりにしているような気もしますが、実のところ私は新しい展開にうまく乗れなくて困っています。私のような落ちこぼれの人もいるでしょうから、今は焦らず、見つめていようと思います。

嶋田 私が新型コロナウイルスによって劇場全体が休演に追い込まれる中、最後に観た作品がつかこうへい(演出=中屋敷法仁)『改竄 熱海殺人事件 ザ・ロンゲストスプリング』@紀伊國屋ホール(3月12~30日)でした。3月30日(月)マチネ公演でした。3月28日(土)、29日(日)の公演中止のあとの千秋楽公演でしたので、小田さんが言っていたように、主催者側もこの公演再開については、かなりの覚悟と勇気が必要だったと推察します。公演自体は若手の役者と演出家が、ともに〈つかイズム〉を継承する様子を確認することができ、大満足でした。先ほどの文学座で公演予定だった『熱海殺人事件』との比較をしたかったので、本当に残念です。
 ともあれ、演劇界全体はもとよりエンタメ界が新型コロナウイルス収束後に、どのように復活していくのか、経済的なことはもちろん、ライブそのもののありかたが問われることになると思います。われわれ国際演劇評論家協会(AICT)日本センター、Web版シアターアーツも、この問題を全力で考えていきたいと思います。

(2020年5月24日、Zoomにて収録)