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モントリオールで毎年5月下旬から6月上旬に開催されているフェスティヴァル・トランスアメリーク(Festival TransAmériques)は、1985年に創設されたアメリーク演劇祭(Festival de théâtre des Amériques、こちらは隔年開催であった)を、略称のFTAはそのままに、2007年から発展的に引き継いで生まれた舞台芸術祭である。第10回を迎え5月26日から6月8日の間に開催された今年は、記念の年にふさわしく、例外的といえるほどに刺激的で充実したプログラムを見せてくれた。本稿では、本フェスティヴァルの歴史的変遷と特徴、その背景にあるモントリオール/ケベック/カナダの舞台芸術環境と文化政策について触れた後、筆者が少なからず刺激を受けた8本の作品を取り上げて論じて、本フェスティヴァルの報告としたい。

 

FTAについて

 シャンタル・ポンブリアン(Chantal Pontbriand)が1982年に創設し、アメリーク演劇祭と対をなしていたヌーヴェル・ダンス国際フェスティヴァル(FIND : Festival international de nouvelle danse)が2003年秋の開催をもって解散してしまったことを受けて、FTAは2007年から舞踊も含む国際舞台芸術祭として生まれ変わった。創設者であるマリ=エレーヌ・ファルコン(Marie-Hélène Falcon、国際交流基金のウェブサイトで筆者によるインタビューを読むことができる)が当初からずっとディレクターを務めてきたが、創設30年を機に退き、マルタン・フォシェ(Martin Faucher)が、後任として2015年からディレクター職を引き継いでいる。フォシェはもともとは俳優(そしてよき観客)として演劇のキャリアをスタートさせ、演出家としても活動するとともに、FTAの事務局においてファルコンの片腕を務めながら、ケベック演劇評議会(Conseil québécois du théâtre ケベックの演劇界を代表する組織)の理事長も務めた人物である。

 予算規模は310万カナダドル(現在のレートで2億6000万円程度)であり、世界的に見て決して規模の大きなフェスティバルではないが、2016年のプログラムは例外的といってよいほど、充実していた。5月26日から6月8日までの短い期間中に、地元ケベックからルイーズ・ルカヴァリエ『千の闘い』(Louise Lecavalier, Mille batailles)とドゥニ・マルロー『もう一つの冬』(Denis Marleau, L’Autre hiver)、アメリカ合衆国からトラジャル・ハレル『ジャドソン・チャーチはハーレムで鳴り続ける』(Trajal Harrell, Judson Church Is Ringing in Harlem)、ヨーロッパから開幕作品としてクリストフ・マルターラー『漂う島』(Christoph Marthaler, Une île flottante / Das Weisse zom Ei)、ジゼル・ヴィエンヌ『腹話術会議』(Gisèle Vienne, The Ventriloquists Convention)、ロメオ・カステルッチ『ゴー・ダウン、モーゼズ』(Romeo Castllucci, Go Down, Moses)、閉幕作品としてジェローム・ベル『ガラ』(Jérôme Bel, Gala)と、中堅から大物のアーティストが顔をそろえた。フォシェによれば、これだけ演目が充実したのは、求めるアーティスト/作品をタイミングよく押さえることができたという意味で、偶然の産物でもあったという。ケベックの若手アーティストに関しては初演の新作が多いものの、それ以外は別の都市ですでに初演され、高い評価を得ている作品が並び、冒険と手堅さを同時に感じさせる。

 (主に予算上の制約から)各作品の公演回数が多くは2回と限られていたこともあって、総じて観客の入りはよく、空席を目にすることは稀であったのだが、事実、主催者発表によれば客席稼働率は97%に達したとのことである。郊外まで含めたモントリオール都市圏の人口は400万人超(ケベック州の約半分、東京圏の人口は3000万人ともいわれる)でしかないこと、入場料の水準は東京と同程度である(予算規模もF/Tと同規模である)ことを考えると、称賛ないし驚嘆に値することであろう。

 

フェスティヴァル都市モントリオールとその文化政策 

 そうしたフェスティヴァルの充実を支えているのは、モントリオール市/ケベック州の息の長い文化政策とそれを通じて整備されてきた舞台芸術環境の充実であるといえる。

 冬の長いモントリオールだが、晴天が多く気温も高くなる5月から7月にかけては、FTA(5月26日〜6月8日)のほか、デジタル音楽・アートのMUTEK(6月1〜5日)、フランス語音楽のフランコフォリー(6月9〜18日)、国際ジャズ・フェスティバル(6月29日〜7月9日)、笑いとユーモアのジャスト・フォー・ラフス(7月13日〜8月1日)など、たくさんのフェスティバルが開催され、短い夏を謳歌しようと多くの市民(そして観光客)が集まる(ケベック・シティでも、一部の演目が共通しているカルフール演劇祭が同時期に開催される)。

 FTAと並行して、OFFTAと呼ばれるフリンジ的なフェスティヴァルも同時に開催されているほか(運営は別組織による)、FTAのすぐ傍ら、ヌーヴォー・モンド劇場ではロベール・ルパージュの『887』(さらにそこからほど近いケベック州立図書館では、ルパージュによるヴァーチャル・リアリティの展示『夜の図書館La Bibliothèque, la nuit』も開催されていた)、旧港地区(20世紀前半までに形成された旧市街にあり、かつてはセントローレンス川の水運を担った)ではシルク・ドゥ・ソレイユ『Luzia』が公演中であった。モントリオール市の建設から375周年を迎える2017年に向けて、大規模な文化的イヴェントもすでに始まっており、ミシェル・マルク・ブシャールのテクスト、ミシェル・ルミューとヴィクトール・ピロンの映像によるプロジェクション・マッピング『記憶都市Cité mémoire』が旧市街一帯で開催されている(来年にはロワイヤル・ドゥ・リュクスの公演も予定されている)。

 フェスティヴァルは、市民が国際水準の芸術に接する格好の機会であるとともに、プロフェッショナルが集い、議論する場でもあり、飲食やホテルを含む観光業の振興や都市の知名度・イメージの向上にも寄与しているのだが、カナダ連邦政府、ケベック州政府、モントリオール市政府の文化政策もそれを後押ししている。劇場・フェスティヴァル、上演団体に対する公的助成が北米では例外的に充実しているだけではない。市中心部には、6つのホール(総座席数7787席、1963年開館)を持つプラス・デ・ザール(州政府公社によって運営される)やヌーヴォー・モンド劇場(ケベック州政府から最も大規模な助成を受ける)を中心として、多くの劇場やライヴハウスがもともと集中しているのだが、この一帯がカルティエ・デ・スペクタクル(舞台芸術地区)と名づけられ、2007年からさらなるインフラの整備が始まった。公的資金によって、モントリオール交響楽団(OSM)の本拠地でもあるメゾン・サンフォニック(交響楽会館、2011年開館)、グラン・バレエ・カナディアンやアゴラ・ドゥ・ラ・ダンスの拠点となるエスパス・ダンス(2017年開館予定)が整備され、相次いで開場している。

 さらにいえば、政権交代という時の運も味方につけた。2015年11月にモントリオール選出の自由党国会議員ジャスティン・トルドー(フランス語読みすればジュスタン・トリュドーで、ピエール・エリオット・トルドー/トリュドー元首相の息子である)が連邦政府の首相に就任した。その前のスティーヴン・ハーパー保守党政権が、しばしば文化関連予算を大幅に削減してきたのとはきわめて対照的に、文化予算の倍増を選挙公約として掲げて当選したトルドーはそれを早速、実行に移そうとしており、カナダ芸術評議会は2021年までに予算の倍増が予定されている(今後5か年の戦略計画をすでに4月末に発表している)。