パンジャマン・ミルピエ 『リフレクションズ』 photo: Arnold Groeschel
パンジャマン・ミルピエ 『リフレクションズ』 photo: Arnold Groeschel

 バンジャマン・ミルピエ率いるダンスカンパニー、L.A. Dance Projectの初来日公演が、彩の国さいたま芸術劇場で行われた(11月9日所見)。2012年にロサンジェルスに生まれたばかりのカンパニー。アメリカのダンスカンパニーが来日するのは久々である。ミルピエは、ボルドー生まれのフランス人。セネガルで一時期育ち、15歳からアメリカに渡り、ニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパル・ダンサーとして踊っていた。映画『ブラック・スワン』で共演したナタリー・ポートマンの夫でもあり、この11月からパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督に就任したばかり。「フランス語がとても流暢なアメリカ人に見える」とフランスのジャーナリストに言われたというミルピエが、オペラ座にどのように迎え入れられ、どのような活動をしていくのか、注目されている。

 公演の演目は、ミルピエ自身の振付の『リフレクションズ』、エマニュエル・ガット振付の『モーガンズ・ラスト・チャグ』、そしてウィリアム・フォーサイス振付の『クインテット』。ミルピエ作品は流れていく動きの味わいに、ガット作品は動きの組み合わせの妙味に、フォーサイス作品はミニマルな音の層に様々なバリエーションで踊りこんでいく豊かさに、それぞれ魅力を感じた。これら3作品は、動きのコンビネーションや音楽との関係が丁寧に作り込まれている点で通じあうところがあるだけでなく、とりわけパートナーリングの違いがくっきりと見えてきて、ミルピエがそれを狙って並べたのではないかと思われたほどだった。

エマニュエル・ガット『モーガンズ・ラスト・チャンス』 photo: Arnold Groeschel
エマニュエル・ガット『モーガンズ・ラスト・チャンス』 photo: Arnold Groeschel

 『クインテット』は20年前の作品だが、今回フォーサイス自身も振付に参加したらしい。20年前よりも演出がずっとシンプルになり、若いダンサーたちものびやかに踊っていた。装飾的なものが削ぎ落とされてダンスがクリアに見えたし、作品としての厚みが増した。
 『クインテット』の骨格には、ギャビン・ワイヤーズの音楽がある。「Jesus’ Blood Never Failed Me Yet (イエスの血は決してわたしを見捨てたことはない)とホームレスが口ずさむ歌をサンプリングしてリピートさせたミニマルな音楽。ひたすら神の恩寵を願っているようでもあり、口ずさんででもいないと絶望の穴に落ちこんでしまうようでもあり、何もかも失い諦めと無の境地の中で神の存在を讃えているようでもある。見知らぬどこかの道端で自分のために口ずさんでいる歌声に、はりのあるダンスが絡まり合う。シャープな動きもあればゆるやかなものもあり、堰きとめられたエモーショナルな感情をぐっとこらえているようなギリギリな感じも見えてくる。フォーサイスがこれほど抒情的な作品を作っていたのかと、改めて驚かされた。

 アメリカの重鎮ダンス批評家デボラ・ジョウイットに、「なぜフォーサイスの作品の中で(代表作が色々あるのに)、これを選んだの?」と聞かれたミルピエが、「とてもバランシン的だから」と答えたのを聞いて、なるほどと思った(注1)。バレエを進化させたフォーサイスらしい先鋭的な作品を選ばなかったことを疑問に思ったのかもしれないが、よりシンプルでリリカルな作品の方がミルピエの琴線に触れたのだろう。ミルピエが自身のカンパニーを世界公演で見せていく際に、ニューヨーク・シティ・バレエでの経験とその創設者であるバランシンに対する敬意が、フォーサイス作品に重ね合わされているようにも思えた。フォーサイスは、バランシンの動きを高速化し、中性化し、分解して、再構成したわけだが、ダンスと音楽、とりわけリズムとの関係性、パートナリングの多様性のルーツには明らかにバランシンがいる。

 物語バレエと言われるものには、様々なステップやダンスを披露して注目を集める美しい主役ダンサーと、ポーズを取ったりときどき跳ねたり回ったりしながら主役を盛り立てるコール・ド・バレエがいる。物語バレエの構造は、こうしたダンサーのヒエラルキーで支えられている。ジェローム・ベルがオペラ座に委嘱されて作った『ヴェロニク・ドワノー』は、コール・ドがどれほど長い時間一つのポーズでいるのか改めて気づかされ、身につまされる作品だった。バランシンの抽象バレエとかシンフォニック・バレエと言われるものは、単に物語がないだけでなく、このようなヒエラルキー構造をなくして、誰でもが主役のように登場し音楽を体中に沁みわたらせながら踊ることができる振付だ。これは、従来の構造を壊しただけでなく、観客のダンスリテラシーを高めることになった。より高くジャンプしたり美しくポーズを決めるスターダンサーを楽しむのとは違うダンスの楽しみ方の創出である。フォーサイスもこの意味で、バランシンの先にいる。
 そして、バランシンとフォーサイスと共に、ミルピエも今回の3演目を通して、ダンスそのものの面白さをもっと見直そうよ、と言っているように見えた。コンセプチュアルなダンスの批評性やアイデアの奇抜さなどに比べると、オーソドックスなダンスはたとえ職人芸的に丁寧に作り込まれていたとしても、進歩がないとか独創性に欠けると言われたりして、それほど評価されないこともある。ある程度ダンスリテラシーがないと楽しめないこともあるだろう。しかし、L.A.Dance Projectのように、フォーサイスの振付をレパートリーとして踊るカンパニーがもっと増えてくると、フォーサイスの作品が新しいスタンダードとなり、ダンスの領域は確実に広がって行くだろう。

ウィリアム・フォーサイス『クインテット』photo: Arnold Groeschel
ウィリアム・フォーサイス『クインテット』photo: Arnold Groeschel

 ミルピエの『リフレクションズ』は、舞台奥の壁と床一面に巨大な文字(バーバラ・クルーガーのポップアート)が鎮座する中で踊られる。アメリカのポップカルチャーのインパクトが強烈だ。ゆらゆらする動きや、するする滑るように流れていく動きが気持ちよく、音楽に乗ったり乗せられたりしながら、音楽と遊び、その距離感を楽しんでいる。ミルピエはすっかりアメリカ人だなあ、と感じた。
 ミルピエはショートフィルムも作っている。ストリート・ダンサーのリル・バックをフューチャーした『Aria』(2012)では、ファレル・ウィリアムスの『Happy』(2013)のビデオのように、歩道を踊りながら街を見せていく(注2)。イブ・サンローランのメンズフレグランス L’ Homme Libre のCM(2011)では、ミルピエ自身も踊っている。今ではいわゆるセレブにもなったミルピエは、孤高の世界を作りだすというよりは、ダンスの認知度を驚異的に押し上げるための仕掛け人的な存在になるかもしれない。オペラ座でもそんな彼の力に期待しているところもあるだろう。子供時代からアフリカンダンスを踊り、体を動かすことが好きだったミルピエは、踊る気持ちよさや楽しさ、ダンスを見る楽しさを根本に持っている。ヨーロッパからアメリカに向かったバランシンとは逆に、アメリカからヨーロッパへ向かうミルピエが新天地でどのような新しいページを開いていくのだろうか。

www.benjaminmillepied.com
www.ladanceproject.com

(注1)BAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)で2014年10月15日に行われたトークにて。
http://www.bam.org/video/2014/millepied#sthash
(注2)ミルピエのフィルムは、彼のサイトのFILMSで見られる。
http://www.benjaminmillepied.com