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山田せつ子ソロダンス『箱の中/外』 撮影=野田雅也

 雨の中、三鷹にできたアートスペースSCOOLに向かう。小さなビルの5階にあるのは、部屋の二辺に客席を並べただけのホワイトボックス。隅には黒いごみ袋、ではなく黒い雨合羽を着てうずくまる山田せつ子である。ざわつく客入れの間、落ち着かなげに小首を動かす様はまるで雨宿りをしている鴉のようだ。
 1作品目「黒合羽:[その娘は翔ぶ娘ではないにしても]」。ごわつくビニール製の黒い合羽がバサッと大きな音をたて、同時に部屋の空気が変わる。体に合わない大きな合羽は顔も手も覆い隠しているが、その中で渦巻く凄まじいエネルギーが感じられる。硬くごわつく生地に抵抗して、突き出る手足、アシンメトリーに波打つ白い服の裾。革命歌「El pueblo unido, jamás será vencido!(団結した人民は決して敗れない!)」を傍らにおき、たったひとりで立つことを選択した姿がみえてくる。
 合羽を脱いでたたみ、白い石を取り出す。長野県の地名を並べた2作品目「芹田 北中 上松→地図:[Blanc~ササヤイテイル ツブヤイテイル]」では、笑いさざめく女の子たちの声やサウンドアーティスト「Still life」の澄んだ音が、石の中から聞こえてくるよう。戸惑ったり、聞き入ったり、遠ざけたりと、石がもたらす「世界」とやさしく対話する躰。独立した生き物のように動く手首が空中に弧を描き、見る者の意識を石の中に導く。さざめく音と笑い声に取りこまれそうになった意識は、かろやかな旋回をみせる山田の動きと共に、また会場であるホワイトボックスへと戻って来る。
 3作品目。韓国の肩踊りを指す「オッケチュム」というタイトルゆえだろうか。黒い合羽を丸めて頭にかぶった山田の姿が、韓国ドラマで見るような髪型カッチェにみえて、どこか笑いを誘う。曲はJames Blakeの「Unluck」。乾いたリズムを刻むメロウな曲に拮抗するどこか滑稽味のある動きは、次第に大きく、強く、見る者を圧倒するような激しいものになっていく。
 汗にまみれた躰にもう一度黒合羽を着こみ、部屋の隅に立つ、4作品目「親しき死者たちとともに」。James Blakeの「The Wilhelm Scream」が世界から零れ落ちていった人々の声のように響き、彼らの間を押し合いへし合いしながら楽しげに踊る山田。その姿はどこか遠い。ビニール傘を手に白い箱を出ていく姿は、束の間の白昼夢をみせて死者たちと共に飛び立つ鴉のようである。
 それぞれの作品に舞踊研究所「天使館」独立以来の、ソロ活動、ダンスカンパニー枇杷系、京都造形芸術大学や韓国国立総合芸術大学などでの活動を感じさせながらも、全体でひとつの思考の塊を提示する。SCOOLの小さな箱がたった一人の身体と音楽の対話によってどこまでも広く感じられ、身体で思考することの可能性を考えさせられたひと時であった。

(10月6日観劇)