5作品のプログラム構成に見るダンスの現代史のダイナミズム――NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)プレミアム・ジャパン・ツアー2024/竹田真理
クリスタル・パイト『Solo Echo』(2012年初演)も、フォーサイスとはまた別の方向で、ボキャブラリーの特異さや個性のみで論じることのできない、今日の舞踊言語が何をなし得るのかをより普遍的に考えさせる作品だ。パイトに見られる動きの特質、すなわち身体の広い可動域、四肢をもう一段深く使って動きを伸展させるストローク、より多くのエネルギーと情報を振付に盛り込み、定形を逸脱しながらも動きを一つの流れにのせていく振付は、差異というより、今日のコンテンポラリーダンスの可能性の中心を掘り下げるような正統的、本質的な探求の跡を見せる。
パイトはフォーサイスのもとで『In the middle, somewhat elevated』をはじめとする作品を踊り、いくつかの創作に関わった経験をもつ1)Crystal Pite。直接的な影響関係を上演に指摘することは難しいが、脱中心、オフ・バランスといった特徴に、その反映を見て取っていいように思う。ただフォーサイスが抽象に徹し、言語と形式の先端を突き進むのに対し、そこから輩出したパイトが対照的に内容の回復へと向かうように見受けられるのも、ダンス史のダイナミズムとして興味深い。本作では7人のダンサーが一人の人物を複数の視点から描く。降りしきる雪の映像、ブラームスのソナタを奏でるチェロの艶やかな音色とともに、記憶、情感、過去への追想が演劇性ではなく振付“言語”そのものによって描き出される。
前半では複数のデュオが踊られる。重心を低くし、垂直よりも水平方向への体重移動を多用して個体間の力関係や内的な交感を視覚化する複雑な振付は、のちの『The Statement』(2016)や『Revisor』(2019)2)2作ともテキストをもとに振付化されたパイトの作品。『The Statement』は2019年、『Revisor』は2023年に日本で上演されている。への発展を予感させる。後半では7人が時間差でポーズを重ね、人生の時の移ろいを視覚化し、パイトのもう一つの特徴である群舞構成の妙を見せる。芸術的均衡を破るか否かのぎりぎりの際を掘りすすむ振付がドラマ性を孕んでゆくパイトの舞踊言語。だがそれらはフォーサイス以前に戻るのではなく、フォーサイス以後の振付概念の変革の地平にあって、人間存在の深い境地を描き出そうとするものであるように思われる。
ジョージ・バランシンの抽象バレエの系譜にあって、さらにその構造を解体したとされるフォーサイスの革新性は、今なおコンテンポラリーダンスを形式と運動の解体と再構築へと強く方向付けるが、そこから出てきたパイトは、振付に内容や物語性を内在させる対極の方向へ向かう3)フォーサイスとパイトの関係、及びパイトの物語性については次にも指摘がある:「そして、クリスタル・パイトは現れた」唐津絵理、Kidd Pivot『Revisor』来日公演公式パンフレット(2023)。他の3人の振付家、カリーソ、ゲッケ、エイアールもまた、強引な言い方になるが、それぞれが何らかの意味での「人間性」に言及している。いずれの振付言語も、かつて舞踊が体現した優美や調和ではなく、「破れ」の感覚、アイロニー、過酷さ、苛烈さに貫かれているのも、今回のプログラムに見て取れる特徴である。分断と対立が際立ち、混迷を深める世界情勢にあって、舞踊のアーティストたちが表現を通して人間の現在と行く末をみつめている。そんな時代を映し出したプログラムであったと思う。
(2024年7月5日@神奈川県民ホール、7月12日・13日@愛知県芸術劇場にて所見)
註
1. | ↑ | Crystal Pite |
2. | ↑ | 2作ともテキストをもとに振付化されたパイトの作品。『The Statement』は2019年、『Revisor』は2023年に日本で上演されている。 |
3. | ↑ | フォーサイスとパイトの関係、及びパイトの物語性については次にも指摘がある:「そして、クリスタル・パイトは現れた」唐津絵理、Kidd Pivot『Revisor』来日公演公式パンフレット(2023) |