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コンテンポラリーダンスのスペクトラムを示す

 以上を踏まえた上で5つの作品を振り返り、多様さの内容を検討していこう。

 ガブリエラ・カリーソ振付『La Ruta』はプログラムの中で唯一、演劇的な要素の強い作品である。幹線道路とバス停を模した舞台セット、夜の闇を照らす蛍光灯やヘッドライト、そんなシチュエーションに様々な人物が現われ奇妙な出来事が引き起こされる。作品世界のテイストはオカルティックでダーク・ファンタジーの色が濃い。亡霊のように生気なく歩く男、諍いの末に車から投げ出される女、走行する車に飛び込む者など、いわくありげな人物に事件や事故、加えて鳥や獣、内臓、墓参りなど、どこかぞっとするモチーフが散りばめられる。聞き取れない会話や哄笑は悪夢の色を濃くする。見るべきは差し挟まれるダンスの、超常現象のごときムーブメントである。渦に巻き込まれたような倒立状の回転、回りながらあらぬ方向へ放たれる四肢など、得体の知れない力に翻弄され、コントロールを外れたかに見えるアクロバティックな動きに目を見張るが、無論、いずれもダンサーの技量が可能にしているのであり、その身体能力に驚嘆する。最後に現れた半身像がこの場所で起こった忘れられた出来事のモニュメントとしてモチーフを回収した。オカルト・テイストへの好悪は分かれると思われ、日本の風習がネタと映りかねない点、猟奇的な場面などに再考の余地も感じるが、作品世界と振付語彙、主題と技法の分かちがたい関係に頷かされる。

©Rahi Rezvani
©Rahi Rezvani
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 マルコ・ゲッケ振付『I love you, ghosts』。ゲッケの語彙はきわめて独創的で、かつて誰も生み出したことのない唯一無二の舞踊言語と言っていい。上体から盛んに差し出される身振り・手振りは奇異に映るほど素早く緻密で、聞いたことのない不思議な言葉をしきりに交わしているような、戯画的でありながら切実さを伴ったやりとりを目の当たりにしている気持ちになる。ダンサーらは向かい合い、身振りを高速で交わすいっぽう、姿態を大きく変形させることは少なく、可動域を広くとり身体の可塑性に挑戦するかのような今日のコンテンポラリーダンスによく見る傾向とは一線を画している。その分、脚のポジション、トルソと体軸は保持される。これらの身体言語に加え、本作では声にフォーカスし、嘔吐のような喉の摩擦音などが多用される。未開拓の言語を耕しながら言葉にならない感情、あるいはこの世ならぬ者(ghosts?)の代弁を試みているのかもしれない。解体された劇場へのオマージュであるという本作は、非情な響きを奏でる弦楽やエモーショナルなヴォーカル曲を用いて、記憶の主題を扱っている。揃いのレースの上衣を着た9人のダンサーが様々な組み合わせで踊る。なかでも終盤に置かれた刈谷円香と男性とのデュオのシーンは、繊細な佇まいと身振りの交換が複雑なニュアンスを湛えて忘れ難く、ゲッケ芸術が特異な表層とは裏腹に、情動の深みを彫琢するのに優れた舞踊言語であることを明かしている。

©Hidemi Seto
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 シャロン・エイアール&ガイ・ベハールJakie』。独創性においてはゲッケと双璧をなすのがエイアールだろう。オンライン配信などで既に知られている振付家だが、日本における初めての作品上演への期待は高く、実際、圧巻の身体像を観る者の眼に刻み付けた。被膜のようなレオタードに身を包んだ男女が舞台の中央で集団をなし、バレエの変異とも解釈しうる爪先立ちのステップを踏み続ける。繊細な触手のような腕先、生まれたての生き物のような脆く危うい身体像は、遠い未来に現れた新種の人類のようだ。集団から零れ出て踊る者も再び集団に吸収され、何処かへひたと向かう共同体のアクチュアルな表象になっている。坂本龍一による音楽は黙示録的であり、深い憂いを湛えて荘重に響く。だがその響きはやがてビートを刻むダンス・ミュージックに取って代わられ、踏み続けるステップは徐々に熱を帯びる。沸騰するダンスフロアで謳い上げる未来/終末へのセレブレーション。垂れこめる退廃の匂い。集団の行方を暗示するステップは限りなく現代的でありながら、神話的、原初的な人間観にも通底する。シンプルな振付から実にさまざまなイメージが喚起され、我々はどこからきてどこへ行くのかと問わずにはいられないが、訪れる突然の幕切れに答えは宙吊りにされたままである。

©Rahi Rezvani
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 これらの3作品は、初演が2022年(『La Ruta』『I love you, ghosts』)、2023年(『Jakie』)といずれも新しく、それぞれがダンスの現在における最新の地点を示す表現と言えるだろう。3作品は互いに全く似ておらず、いずれも振付家のシグネチャーが刻印された特異な語彙によって体現されている。共通項があるとすれば各々がその特異な方向性を追求し、洗練させていることで、その差異がスペクトラムを形成している。