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 ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)がオランダから来日し、高崎、神奈川、愛知の3都市で世界レベルのコンテンポラリーダンスの現在地を示す5つの作品を上演した。プログラムは会場および公演日ごとに3演目ずつ構成され、今日のダンス表現の幅広さや多様さを肌で感じる機会となった。渇望に応えるように公演前から各種媒体のインタビューやプレビューが発信され、来日時の記者会見、上演前後のトークも充実していた。とくにNDT芸術監督エミリー・モルナー氏が発する言葉の明晰さ、ダンス芸術に対する深い見識には多くの観客が感銘を受けたのではないか。各地の公演直後にはSNS上でも感想コメントが活発に行き交い、上演に伴い形成された言説空間の存在が公演を構成する大きな要素であることを実感した。

 本稿ではこれらの言説に示唆を得ながら公演を振り返るが、レビューするにあたり幾つかの視点を踏まえておきたい。その多くは芸術監督モルナー氏の発言を参照するものになる。繰り返しになるがモルナー氏の言説は非言語表現であるダンス芸術をこのように論理的に語ることができるのだと示す優れた実例であったと思う。

 第一の視点は、NDTというカンパニーの現行の形が特定の一人の振付家の作品を踊る集団ではなく、様々な振付家の作品に取り組むダンサーのコレクティブであるということだ。NDTといえばキリアン率いるカンパニーといった認識が広く定着していた時期があるが、カンパニーの歴史を見れば1959年に既存のネザーランド・バレエ団を脱退したダンサーらが有志で結成した経緯がある。この「反乱分子の集まり」だった側面を再興したい1)来日記者会見レポートより、バレエチャンネル7月11日付記事 https://balletchannel.jp/39370と語るモルナー氏は、2020年より芸術監督の任に就き、外部のクリエイターとの協働によりカンパニーを創造的な方向へ導いている。こうした体制が今回の幅広く変化に富んだプログラム構成を可能にしたと考えられる。モルナー氏自身は本プログラムを「現在のコンテンポラリーダンスのスペクトラムを示す」と語っており2)愛知公演最終日のポスト・パフォーマンス・トークにおけるモルナー氏の発言、5作品ごとの技法や主題の多様さを見て取ることができる。同時に、この体制はより多くの振付家への創作の機会の提供につながり、ダンスの仕事の創造的な循環が促されるものと推察される。

 第二の視点は、いかに表現の幅が広いとはいえ、ダンサーたちはバレエのテクニックをベースに持っていることで、これもモルナー氏がプレトークはじめ様々な場面で述べた点である。「身体をより伸展させる」、「高さを出す」、「手先や足先などの繊細な部分まで細かく使う」ことが求められる今日のダンス作品にバレエで培ったテクニックは絶対的に必要であるという3)阿部さや子氏によるインタビューより、バレエチャンネル7月11日付記事 https://balletchannel.jp/39394。舞踊評論家の海野敏氏もNDTの原動力の一つに「伝統的なバレエ技法の重視」を挙げ、「ターンアウトした脚のポジションを出発点とするバレエの技法」が、「身体を全方位に移動、跳躍、回転させる技法として、きわめて洗練」されており、「身体の効率的な運用技法として合理的で汎用性が高い」と指摘している4)「ネザーランド・ダンス・シアターはなぜ成功したのか」海野敏、NDTI プレミアム・ジャパン・ツアー 2024公式パンフレットより。今日の複雑で高度な振付を踊るのにこうしたバレエの技法が不可欠であるのと同時に、ダンサーの持つ高い技能と表現力、思考力が振付家をして最先端の身体言語を生み出す契機となるであろうことも十分に推測される。

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1. 来日記者会見レポートより、バレエチャンネル7月11日付記事 https://balletchannel.jp/39370
2. 愛知公演最終日のポスト・パフォーマンス・トークにおけるモルナー氏の発言
3. 阿部さや子氏によるインタビューより、バレエチャンネル7月11日付記事 https://balletchannel.jp/39394
4. 「ネザーランド・ダンス・シアターはなぜ成功したのか」海野敏、NDTI プレミアム・ジャパン・ツアー 2024公式パンフレットより