『ザ・空気ver.3 そして彼は去った…』(二兎社第44回公演、東京芸術劇場シアターイースト)第7回座談会演劇時評1(2021年1・2月上演分)
■仮想敵としての菅政権
嶋田 『ザ・空気』シリーズ3作品のうち、最初の2作品は明らかに安倍政権批判となっていました。特に『ver.2』は、保守系新聞の論説委員飯塚敏郎役を演じた松尾貴史の安倍前首相のものまねが絶品で、コメディの中にも、というよりコメディだからこそできる突き刺さる諷刺だったと思います。それと比較すると本作『ver.3』は、批判の対象の中心となるのが学術アカデミーです。これは明らかに菅政権の日本学術会議会員任命拒否問題(2020年9月)のことを指しています。この菅政権の暴挙は確かに問題視するべきものですが、しかし安倍政権が目指していた、例えば日本国憲法改正といった政策と比較するとどうしても小さく見えてしまう。それゆえ作品における政治批判の度合いも、本作では明らかにトーンダウンしている。
ゴリゴリの保守だった安倍政権と比すると、明らかに現在の菅政権がおとなしく見えてしまうというか、仮想敵がつまらなくなってしまったんですね。現在の論壇もそうですが、安倍叩きに固執した革新系メディアが一気に元気がなくなってしまった。同様に保守系メディアも、菅政権になって何を強く押し出せば「保守」になるのかわからない。対立の構図が作りにくくなっているのですね。この流れから行くと、私としては、『ver.2』が、圧倒的に面白い作品でした。
野田 政権が安倍さんから菅さんに移って以来、諷刺する側にとってはどうしても面白くなくなってしまうわけですよ。菅さんは官房長官として安倍政権の下で長かったので、国民にとってもなじみの顔ではありますが、彼の政権はまだ始まったばかりです。だからまだまだどうツッコミを入れてよいのか判然としない。『ver. 3』に安倍政権に向けられた諷刺ほどの切れ味がないのもこれが理由の一つだろうというのは頷けます。
『ver. 2』で出色だったのが、政権のゴーストライターとなった「大物記者・飯塚」役の松尾貴史さんの存在でした。彼がいたから、この作品が安倍政権を揶揄(やゆ)・諷刺しているという性格が明らかになった。飯塚が慌てて首相モノマネまでして記者クラブでのカンペ文をひねり出そうとする場面で、溜飲を下げた観客は多かったろうと思います。悪事がばれても悪びれた様子も見せない飯塚には、フォールスタッフ的スケールさえある。
これに比べると『ver. 3』はどうしてもスケール感に乏しい。佐藤B作演じる横松は元々革新派系のジャーナリストでしたが、テレビに出るようになって「内部事情に詳しい人」ということで時の政権の政策の解説ないしは弁護にいそしむようになった。これだけでも見慣れた光景なのですが、そのうえ自分のお気に入りのテレビ局の女性にちょっかいまで出す。そんな横松が最終的にかつての矜恃を取り戻そうとするのですが、やはり『ver. 2』の飯塚がもっていたフォールスタッフ的スケールは望むべくもありません。ヒール役は憎らしければ憎らしいほど諷刺も効くということなのでしょう。
嶋田 本作の横松輝夫は、すごく作り込まれたキャラクターだったと思います。佐藤B作は、永井愛の台本をものすごく研究している。特に最後に登場する昔の反骨精神あふれるジャーナリストだった頃の横松の役づくりは、鬼気迫るものがありました。あの演説のアジテーションは素晴らしかったですね。舞台上では昔の映像をスクリーンとして映写する演出として処理されていましたが、紗幕の向こうで実際に演技する佐藤B作の熱度が客席までビンビン伝わってきました。この熱度によって、現在の横松が保守に日和っているというあざとい変節ぶりが、逆に鮮明に浮かび上がってくる。本来ならば革新と保守で対照的な方向へ発散するべき政治的エネルギーが、横松という人物の中で交差していく瞬間を見事に描いています。ここに落とし所を持ってくる佐藤B作の演技力は本当に素晴らしい。自身が主宰する東京ヴォードヴィルショーでの軽妙なタッチの演技も味わいがありますが、今回は明らかにギアを変えて臨んできた様子が伝わってきました。これだけ力が入った佐藤B作、本当に見応えがありました。