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二兎社第44回公演『ザ・空気ver.3 そして彼は去った…』

作・演出=永井愛
2021年1月8~31日@東京芸術劇場シアターイースト

出席者=嶋田直哉(司会、シアターアーツ編集長)/野田学(シアターアーツ編集部)/鳩羽風子(シアターアーツ編集部)/発言順

二兎社『ザ・空気ver.3 そして彼は去った…』 (左から)金子大地、佐藤B作、和田正人  撮影=本間伸彦

■『ザ・空気』シリーズとジャーナリズムのありかた

嶋田(司会) 今回取り上げる二兎社公演『ザ・空気ver.3 そして彼は去った…』は、永井愛が連続して取り組んでいる『ザ・空気』シリーズの第3作目にして完結篇にあたります。発表順におさらいをしておくと『ザ・空気』(2017年1月@東京芸術劇場シアターイースト、以下『ver.1』)では、自殺した桜木正彦の遺志を継ぐ報道番組のアンカー今森俊一(田中哲司)が、放送直前に特集テーマの改変を迫られて苦悩する様子を描いています。報道の自己規制がテーマでした。つづく『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』(2018年6月@東京芸術劇場シアターイースト、以下『ver.2』)では前作と同様に桜木正彦を尊敬していたビデオ・ジャーナリスト井原まひる(安田成美)を中心に据え、政権とマスコミの癒着に切り込んだ作品でした。そして本作『ザ・空気ver.3 そして彼は去った…』(以下『ver.3』)では桜木正彦の先輩にあたる政治ジャーナリスト横松輝夫(佐藤B作)を中心に、昔の反骨精神あふれる革新から、ゴリゴリの保守へと変化していった彼の変化が、メディアのありかた、特に編集権のありかたとともに語られていました。横松がチーフ・プロデューサー星野礼子(神野三鈴)と対立する構図は見応えがありました。演技力が高いこの2人を擁し、非常に濃度の高い公演だったと思います。

野田 『ザ・空気』シリーズは日本ジャーナリズムの抱える問題を掘り下げた三部作になりました。『ver. 1』は時の政権による放送法の「新解釈」、メディア側の政権への忖度ないしは自主検閲、そしてメディアに寄せられる脅迫に近い「一般視聴者」からの圧力とそれをむしろ歓迎するメディア内部の人間の存在が背景にありました。これは観ていて本当に怖かった。『ver. 2』では記者クラブ制度がやり玉に挙げられましたね。政治家に寄り添うジャーナリストたちが時の政権をかばおうと右往左往する。記者クラブに属さないマイナー・ジャーナリズムがこれを暴こうとする。新旧ジャーナリズムががっぷり四つに組む構図がわかりやすかったし、なんといっても諷刺が効いていて笑えました。そして今回の『ver. 3』では、編集権が現場ではなく経営者にあるという、日本ジャーナリズムのあり方が批判されています。
 この三部作では、ジャーナリズムのあり方を抉ると同時に、もっとタイムリーな政権に対する批判もあります。さて、ここが難しいところだと思うんですね。観客の反応が良いのはタイムリーな政権批判の方だと思うんですよ。昨今の軟弱なジャーナリズムに批判の力点があるのか、それともジャーナリズムに圧力をかける政治のあり方の方が問題なのか。もちろん実態は両方だということなのでしょうが。

鳩羽 政権の介入と圧力が強まる中、萎縮、忖度、自主規制に走りがちなメディアを描き続けてきた『ザ・空気』シリーズ。メディアで働く一人として、私は特別な関心を持って、見続けてきました。完結編となる『ver.3』では、「編集権」の在り方が、日本のメディアの構造的な問題だと指摘され、私もハッと気づかされました。
 御指摘のように新聞や放送局の編集権が報道現場ではなく経営陣にあるというのは、その通りです。しかし個人的には、勤務先の新聞社での日々の紙面制作において、これを特に意識したことも問題視したこともありませんでした。自由闊達な雰囲気よりも、上層部が打ち出した論調に沿う「機関誌」的な色彩が強くなっていると思うことはあっても。
 パンフレットの最後には、「ジャーナリズムにおける編集権とは」という力の入った記事が1ページ組まれていて、日本や欧米のケースが紹介されています。それによると、日本では戦後、GHQ主導で出された日本新聞協会の編集権声明によって「編集権を行使するものは経営管理者およびその委託を受けた編集管理者に限られる」とされました。それが現在でも、新聞以外にも出版や放送でも適用されているそうです。それに対しドイツでは、番組や記事の改変・中止・削除があったら、決定者には理由を説明する義務がある。フランスでは人事や会社の決定に対して記者の拒否権を確保しています。
 海外と比べてみると、人事権を握る経営者が編集権を持つ日本のメディアは問題を抱えていると痛感しました。人事異動一つで報道現場から追放されてしまう。これは報道に携わる人間にとって大きな恐怖なのです。
 『ver.3』でもBSニュース番組のチーフ・プロデューサー星野礼子は、政権に批判的な姿勢を貫いてきたためアーカイブ室に異動する設定でしたね。この芝居は、彼女が番組を担当する最後の日に起きる出来事を描いています。