第4回座談会演劇時評 (2) (2020年1・2月上演分)『メアリ・スチュアート』(世田谷パブリックシアター)
▼森新太郎の演出作品をめぐって
野田 森新太郎は、権力をめぐる歴史劇として、2013年に新国立劇場のPITで『エドワード二世』を演出しています。シェイクスピアと生年が同じ(1564年)英国のクリストファー・マーロウが1590年代に書いた作品。同性愛の愛人ギャヴィストンに入れあげ、放蕩と堕落の果てに最終的には無残に殺されてしまう国王エドワードを演じたのは柄本佑でしたが、彼の徹底的に情けない「バカ殿」ぶりが印象に残っています。個人的にはやりすぎかなとも思ったのですが、こんなバカ殿でも凋落の悲哀が伝わってきました。この上演で森新太郎は読売演劇大賞最優秀作品賞ならびに最優秀賞をもらっていますね。
それと比べると、同じ権力をめぐる歴史劇としても、今回の『メアリ・スチュアート』はタッチが全然違います。もちろんシラーはマーロウとは全く違う――国も時代も文化背景も--というだけの話なのでしょうが、凋落する――もしくはすでにしてしまった――元女王メアリが、その魔性の魅力ゆえでしょうか、彼女に群がってくる男性貴族達に翻弄されて、期待を抱かされたかと思えばすぐに裏切られてしまうという図式には似たようなものがありますね。最終的に死を迎え入れるメアリの毅然とした態度が、この作品の一番の見せ場でもあります。
凋落する高貴な女性像と言えば、ついこの間コロナ禍で途中で公演中止になってしまいましたが、シェイクスピアが創作に加わった『ヘンリー八世』(彩の国さいたま芸術劇場、演出=吉田鋼太郎、2月)をやっていました。ここで栄華を極めた後に凋落するのは、吉田鋼太郎演じる枢機卿ウルジーが筆頭でしょう。しかし、男性社会における権力闘争の犠牲になる高貴な女性である、ヘンリー八世の最初の王妃キャサリンを演じた宮本裕子の演技が実に印象に残っていますね。メアリ・スチュアートと違って、キャサリン本人には罪の意識を感じるべき理由など何もないんです。ただ男の子を産めなかったというだけなんですよ。しかし、ヘンリー王が彼女から、二番目の奥さんになるアン・ブリンに乗り換える際に、凋落する奇跡の高貴さを見事に演じていました。
新野 森新太郎さんは、ある時期ドイツ演劇に惹かれていて、とくにミヒャエル・タールハイマーの演出に強い関心があったようです。2014年のホリプロ制作『幽霊』(作=イプセン、翻訳=毛利三彌)は、タールハイマーの影響を強く感じさせる舞台でした。おそらくそうであるがゆえに、ドイツの影響から脱け出そうと、さまざまに試みていると思います。彼はこの前の世田谷パブリックシアター主催公演(作=ショーン・オケイシー、翻訳・訳詞=フジノサツコ)『銀杯』(2018)のプログラムで、東南アジアでの体験を語っていました。東南アジアには、お客さんと一緒に理解を深め、お客さんが心の底から笑えるような、生きる糧としての演劇が息づいている。こうした演劇に触れたことは、自分の演出家としての在り方を見直すきっかけになったというのです。大賛成ですね。ですので、今回、森さんがシラーを演出すると聞いて、またドイツに戻るのかなと少々戸惑いました。ただ、実際に拝見すると、『メアリ・スチュアート』の舞台成果は大きかったと思います。これからどういう方向に向かうにしても、演技の原点を見定めることができたのではないでしょうか。
嶋田 私が森新太郎を知ったのは演劇集団円公演(作=マーティン・マクドナー、翻訳=芦沢みどり)『ロンサム・ウェスト』(2006)です。彼のほぼ最初期にあたる演出作品ですね。その後、同じくマクドナー作品(翻訳=芦沢みどり)『コネマラの骸骨』(2009)はジメジメした田舎独特の人間関係が重厚に描かれていました。この時期、長塚圭史もマクドナー作品を競うように演出していて、見比べるのが面白かった記憶があります。長塚圭史はいずれもパルコ劇場主催公演、目黒条の翻訳で『ウィー・トーマス』(2003)、『ピローマン』(2004)、『ビューティー・クイーン・オブ・リナーン』(2007)を演出しています。この頃はマクドナーもまだ30代で、アイルランド気鋭の現代劇作家として紹介されていました。独特のブラックな作風に新しさを感じましたね。
あと、2012年以降公演はないようなのですが、フジノサツコ作、森新太郎演出のコンビでモナカ興業という劇団があります。SPACE雑遊、下北沢OFF・OFFシアター、下北沢小劇場楽園、三鷹市芸術文化センター星のホール、など小さい空間で公演が行われていました。蛍光灯の照明が印象的な『43』(2011)など、かなり実験的な演出が特徴です。劇場が小さいこともあって、濃密な空間が構築されていました。モナカ興業の作品は非常に刺激的だったので、大きな劇場の演出をたくさん経験した現在の森新太郎にぜひもう一度取り組んでもらいたいですね。
森さんの次回演出作品はパルコ劇場主催公演(原作=織田作之助、脚本=椎名龍治、脚色=森繁久彌)『佐渡島他吉の生涯』(2020→新型コロナウイルス対応により公演中止)ですね。パルコ劇場オープニングシリーズの作品です。大いに期待したいと思います。
(2020年3月7日@明治大学和泉校舎研究棟共同研究室1)