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 2018年の舞踊界は国際的なフェスティバルが重なり、盛況であった。時期的にビエンナーレとトリエンナーレが重なる巡りとなり、国際色豊かな数多くの公演が開催された。なかでも、横浜を舞台に夏から秋にかけて長期にわたり開催されたDance Dance Dance @ YOKOHAMA 2018(8月4日から9月30日まで)は、国際性、越境性、表現の多様性において群を抜いていた。注目されたのは、1984年に開始され、世界のダンスの最前線をリードしてきた世界的にも評価の高いダンスの祭典、フランスのリヨン・ダンス・ビエンナーレとの実質的な連携を始めたことである。2018年は日仏交流160周年という節目の年にあたり、横浜市の姉妹都市であるリヨンとの文化交流を具体化させたものだが、国際共同制作という創造性の共有という一歩踏み込んだ形での連携の形を模索しているのが期待された。

ドミニク・エルヴュ (Photo: Blandine Soulage)

 連携のシンボリックな存在がリヨン・ダンス・ビエンナーレ及びリヨンのダンス専門の劇場、メゾン・ドゥ・ラ・ダンスの芸術監督を務めるドミニク・エルヴュで、海外からの上演作品の紹介やプログラム構成などを担当して、市民参加プログラムなどを担当する近藤良平とともに共同ディレクターを務めることとなった。

 エルヴュが志向するフェスティバルの志向性が『ボーダレスと異種混交』。2018年の海外招聘プログラムが全体として映し出したのは、ハイアート/ローアートの芸術ジャンルの領域区分が希薄化した今、これまで芸術表現の領域の“枠外“として意識されていたストリートやヒップホップ、サーカスなどの表現活動とダンスが、ボーダレスな「融合」を楽しみながら、新たな価値観を生み出そうとする自由闊達な姿勢である。

 フェスティバルは、8月4日、海に面した特設ステージで爽やかな夜風のなか踊られた東京バレエ団による「横浜ベイサイドバレエ」公演で開幕、9月30日まで2ケ月余の長期間にわたって開催された。ナンシーを拠点に活動する現代バレエ団、バレエ・ロレーヌ、英国の振付家、アクラム・カーンの作品、ヌーボー・シルクのマチュラン・ボルズなどが並んだ。

マチュラン・ボルズ (photo Yoichi Tsukada)

 気鋭のサーカス・アーティストであるマチュラン・ボルズは、アクロバティックな動きを駆使してダンスの新境地を拓くとともに、病気で左脚を失ったエディ・タベとのデュオ『ALI(アリ)』では身体表現の可能性を広げている。

トリプル・ビル © 菅原康太

 注目を集めたのが、日仏コラボレーションによるトリプル・ビルである。「日本のダンサーとフランスの振付家を出会わせる新たな創造」を、目指すべき文化交流のひとつと語るエルヴュは、「ストリートダンスと芸術ダンスの融合」のコンセプトの下に、日本のヒップホップ・ダンサーの精鋭5人をヒップホップ先進国であるフランスの振付家カデル・アトゥと新進気鋭のジャンヌ・ガロワに振付させた。ヒップホップのグループ、カンパニーAccrorap を主宰するカデル・アトゥは、ヒップホップ界から初めてフランス国立振付センターの芸術監督に就任した人で、優れた技術力に加え作品の構成力に定評がある。今回の小品『YŌSO(要素)』も見応えのある舞台に仕上がっており、ガロワの新作『リバース』ともども「出会いが育てる」(エルヴュ)という言葉通り、ダンサー達の進境ぶりが、息をのむ舞台から手に取るように感じられたことは観客にとってもスリリングな体験となった。

 トリプル・ビルは、この2本に、異色の集団、MIKEYこと牧宗孝率いる東京ゲゲゲイの『東京ゲゲゲイ女学院』を組み合わせ、横浜での初演後、フランスで大々的に開催されたイベント“ジャポニスム2018”の公式プログラムとして3ヵ月に渡るフランスツアーを行った。

SONAR © matron2018

 また、森山未來とノルウェー拠点の振付家・ダンサーのヨン・フィリップ・ファウストロム、作曲家/音響空間作家の及川潤耶によるコラボレーション作品『SONAR』もこの機会に初演された。ドラマや映画など様々な舞台で幅広く活躍する気鋭の俳優である一方、2013年の文化庁文化交流使としてイスラエルに一年間滞在、研鑽を積んだ後は、ダンスパフォーマンスにも意欲的に参加しているのが注目される。イスラエルでは日本でも人気の高いインバル・ピント&アブシャロム・ポラック・ダンスカンパニーに拠点を置いて活動を重ねたと聞く。帰国後は、イスラエルのダンサー、エラ・ホチルドと太宰治の小説に基づく異色の小品『Judas, Christ with Soy ユダ、キリスト ウィズ ソイ〜太宰治「駈込み訴え」より〜』を発表するなど、ジャンルにとらわれない意欲的な活動を続けている。

 ファウストロムはフィリピン出身で、オスロ国立芸術大学でコンテンポラリー・ダンスを学んだ後、スイスのサーカスカンパニー、PuuPääTで、振付家/ダンサー、アクロバットなどの経験を積み、ノルウェーでも定評のあるダンスカンパニー、Carte Blancheと共同で作品を発表したりしている。アイスランドのダンスカンパニーを経て、その後はフリーで国際的に活躍、興味深いのはイスラエルの気鋭振付家、ホフェッシュ・シェクターやシャロン・アイアルなどとも仕事をしている。

 森山、ファウストロムに、今回はサウンドインスタレーションや立体音響コンサートなど音と音響に焦点をあてた実験的な仕事で注目を集める作曲家/音響空間作家の及川潤耶が加わり、シンプルだが、実験性の高い挑戦的なコラボレーションを成立させた。

 観客も中央の平土間に招じ入れられ、客が立ち並ぶ空間を縫ってダンスが踊られる。音の響き(振動)を頼りに、ダンサーが踊っていく。テクニック的にはコンタクト・インプロビゼーションを活用しながら、空間を意識し、客の間をすり抜け、互いの位置を探りながら個性豊かな動きを生み出して行く。仕掛け、挑みあい、調和する音と動きの対話はスリリングで、「観る」を超えて、臨場感でわくわくする参加意識を観客も味あわせてもらった。

チョット・デッシュ © 菅原康太

 ほかに、詩的な余韻を残す愛すべき舞台が、アクラム・カーン振付の『チョット・デッシュChotto Desh』である。バングラデシュからの移民二世として英国に暮らす振付家アクラム・カーンが故郷の記憶と大都会の喧騒を対比させて、自身の歩みを振り返る。彩の国さいたま芸術劇場で上演された『DESH – デッシュ』(2012年)から大人も子供も楽しめる舞台として改訂されたソロ作品だが、鋭くダイナミックなダンスとアニメーションの映像が溶け合う、心温まる説得力を持つ印象的な舞台だった。さいたまではカーン自身が踊っていたソロだが、カーンを彷彿とさせる日本公演のダンサーも大変魅力的で[所見日 ニコラス・リッチーニ]、忘れがたい舞台となった。

バレエ・ロレーヌ © 菅原康太

 現代バレエを得意とするバレエ・ロレーヌの公演は、ダンスを大きく前進させた3人の改革者、「どんな動きもダンスである」としてポストモダンダンスの端緒を拓いたマース・カンニングハム、バレエを脱構築しその表現をドラスティックに変えたウィリアム・フォーサイス、そしてコンテンポラリー・ダンスの異端、クラブカルチャーから進出、民俗芸能への関心も高く、そうした異要素を巧みにダンスに導入してしまうセシリア・ベンゴレアとフランソワ・シェニョーの振付による3作品で構成された。

 なかでも、注目を集めたのがベンゴレア&シェニョー振付の『Devoted』(2015) である。グリーンのレオタードに隈取りの化粧を施し、ポワントをはいた女性ダンサー20人程がバレエの基本とは外れた危うい立ち方を見せるかと思うと、ひたすら高速回転[主にシェネ]に挑む。対角線に舞台を横切り、列をなし、円陣を作るが、妙技を見せるというよりモビールと化して単純な運動のなかに身を捧げている。それは切っ先鋭く、幾何学的な新たな美を披露したフォーサイスの『STEPTEXT』にみられるポワントの再解釈ともまったく異なる扱いである。供物として運動に身体を捧げる巫女たちなのか、不思議な印象を残す舞台だが、フィリップ・グラスの音楽との融合を考えると、果たして振付の要求にダンサーが技術的に応えられていたかは疑問が残る。というのも、ベンゴレア自身は超人的なダンサーで、驚異的なスピードとコントロールで目の覚めるような高速回転をこなし、眼前で被膜が裂け、異次元が開かれるような(独特のグルーヴ感)体験を見せてくれるからであり、今回の舞台はやや中途半端な仕上がりであったと言えよう。

 プログラムの白眉は、1973年に初演されたカニングハムの代表作『SOUNDDANCE』。舞台美術、音楽とダンスの要素が空間で刺激的に出会い、互いに対話しながら美しく溶け合っていく過程が心地よい興奮を与えてくれた。

 近藤良平の指揮の下、横浜の街を舞台に繰り広げられた市民参加のプログラムも賑やかに開催され、一般の市民とダンスの出会いをいくつも創り出していたと言える。リヨン市全体を巻き込むリヨン・ダンス・ビエンナーレのデフィレと共鳴するさらなるイベントも期待できそうだ。日本の盆踊りもリヨンで踊られることもありそうだ。3年後、さらに深化した交流の形を期待したい。