Print Friendly, PDF & Email

  • 無償の愛に生きる者たち

 バルジャンにとって、マリウスを救出することは、唯一の生き甲斐コゼットを失うことを意味した。しかし彼は命懸けでそれを実行した。マリウスは意識を失ったまま自宅に送り届けられ、やがて重傷から甦ってコゼットと幸せな家庭を築く。バルジャンは彼に自分の暗い過去を告白して身を引くが、命懸けの救出については沈黙していた。2人がこの事実を知って駆けつけた時、バルジャンは既に命が尽きようとしていた。幻の中にコゼットの母ファンテーヌ、それにエポニーヌが現われる。エポニーヌは悪党テナルディエ夫婦の娘である。両親と共にパリに出てきて、街頭で革命を説くマリウスにひかれていた。彼は彼女の気持ちに気付かない。それでもエポニーヌは、バリケードに立てこもるマリウスに頼まれ、手紙を恋敵コゼットの家に届ける。

愛しても思い知らされる
一生夢見るだけさ
あの人あたしを要らない
幸せの世界に縁などない
愛してる 愛してる 愛してる
でも一人さ

エポニーヌは夜の街角で、こう「オン・マイ・オウン」(On My Own) を歌って、バリケードに戻り、マリウスに復命して、銃弾に息絶える。バルジャンがバリケードに急いだのはその手紙を読んだからである。エポニーヌの無私の行為がマリウスの命を救う。
 ミュージカルの縦筋がジャン・バルジャンとジャベールの息詰まる「対決」を語るならば、これに十字架のようにクロスする横筋は人びとの無償の愛を描いている。2つの軸はバリケードで出会い、ミュージカルは堰を切って流れ始める。「ワン・デイ・モア」(On Day More)はバルジャンの独白から始まる。

今日も一日を生き延びた
終わることなき罪よ
男たちはまた俺を追いかける
明日も

それからマリウス、コゼット、エポニーヌ、ジャベール、テナルディエ夫婦らがそれぞれの思いを歌い、最後はバリケードの若者たち全員のコーラスになる。

明日には分かる神のみ心が
朝が 明日が 来れば

ソロナンバーが人びとの深刻な内面を歌うのに対して、若者たちのコーラスは明日を信じて明るい。ことに「民衆の歌」(The People’s Song) は希望にあふれている。

戦う者の歌が聴こえるか?
鼓動があのドラムと響き合えば
新たに熱い生命が始まる
明日が来た時 そうさ明日が!

この歌が2014年の香港反政府デモ(雨傘革命)で歌われたと聞いた時は、1960~70年代の日本の学生運動でしばしば耳にした暗鬱な「ワルシャワ労働歌」と比較して、今昔の感に耐えなかった。「ワルシャワ労働歌」はロシア民謡を連想させる東欧の暗さを秘めている。「民衆の歌」には西欧の明るさがある。
 ジャン・バルジャンがコゼットとマリウスに看取られ、ファンテーヌとエポニーヌに導かれて、神の国へ旅立つ時、遠くから再び「民衆の歌」が聞こえ、バリケードで戦った大勢の者たちが現われ、人びとの大合唱のうちにエンディングを迎える。彼らは死者である。マリウス一人を除いて皆バリケードで死んだ。死せる者が見事に生きたバルジャンへオマージュを捧げている。同時にそれが明日への希望を歌う時、生きている者の歌と重なり合う。
 時間は直線的に進む。「7月王政」を最終的に打倒する1848年の「2月革命」に向かって。