クリスチャン・ルパの演劇――2009年欧州演劇賞イベントで上演された三本から/野田学
『マリリン』
『マリリン』では、がらんとしただだっ広いビルの一室に、マリリン・モンローがいる。彼女は、カメラのフラッシュから、さらには「世間が求めるモンロー像」という圧力から逃れるために、この部屋に引きこもっている。彼女は、『カラマーゾフの兄弟』のグルシェンカの役を演じることで、今までのセックス・アイコンとしての自分から脱却したいと夢見る。そこを様々な人が訪れる。彼女に求められている役を演じさせようとするメソッド演技のコーチ、モンローのイメージを複製するカメラマン、彼女をセックス・アイコンとしてしかみない闖入者、そして彼女の精神分析医。モンローは仮面としてのペルソナと、自己が求める人格との溝を埋められないまま、精神分析医の求めに応じ、彼の招待を受け入れることとなる。しかし彼女が連れられていったところは精神科の病棟であった。彼女は分析医と患者達のまなざしに、モンローとしてのカツラと衣装を身につけて晒されることになる。モンローは服を脱ぎ、前を隠す。舞台のスクリーンではモンローの蝋人形が燃やされる。これはまさに『ファクトリー2』における窃視的視線を暴力的に用いた「治療」となるのだ。
「ペルソナ三部作」のうちの一作目としてマリリン・モンローを扱っている『マリリン』はワーク・イン・プログレスとして公開された。残りの二部ではロシアの神秘主義者グルジエフと、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユを扱うという。「ペルソナ」という言葉は、ルーパが傾倒しているユングの心理学用語である。彼は『ファクトリー2』での探求活動を、ペルソナと影の問題として再展開しようとしていたのだろう。