モーリス・ベジャール振付『第九交響曲』photo:Kiyonori Hasegawa
モーリス・ベジャール振付『第九交響曲』photo:Kiyonori Hasegawa

 創立50周年を祝う東京バレエ団が、昨年来、意欲的な公演活動を続けている。昨年のモーリス・ベジャール振付『ザ・カブキ』を皮切りに、ベジャール、ノイマイヤーなどバレエ団所縁の振付家の作品を改めて重要レパートリーとして紹介している。なかでも、1964年の創立後、その薫陶を受けてバレエ団の個性を築きあげてきた東京バレエ団にとって、モーリス・ベジャール作品を改めて上演することには特別な意味がある。その記念シリーズのハイライトとして注目されたのが、スイスのローザンヌに拠点を置くモーリス・ベジャール・バレエ団との共同制作の形で実現したモーリス・ベジャール振付・演出の大作『第九交響曲』のバレエ団初演である。言わずと知れたルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの『交響曲第九番』に振付けられた壮大なシンフォニック・バレエで、ベジャール自身がいわば「踊るコンサート」と位置づけているように、ダンスと管弦楽、合唱が互いに刺激しあい今・此処の時空間のなかに昂揚する交響曲のイメージを立体的に構築することを目指した舞台だ。初演は、東京バレエ団が誕生した1964年。ベジャールがまだ20世紀バレエ団を率いて活動していた頃の作品で、当時、20世紀の現代バレエがどうあるべきかという気鋭振付家としての自身の芸術観を熱く投影している。

 

 20世紀バレエの改革者として知られるベジャールの業績をひと言で言えば、現代表現としてバレエを仕立て直したこと、お伽話ではなく思想を語ることのできる洗練された表現媒体へとバレエを脱皮させたことだろう。バレエの妙技を披歴するのではなく、バレエの技法を駆使しながら深い主題を表現していくのだ。そこでは、音楽とダンスも互いに深め合う新たな関係を切り拓いており、使用音楽も舞踊曲にこだわることなく、これまで舞踊には向かないと考えられていた楽曲を積極的に使用し、思索的かつ多義的な文脈で生の本質に迫る内省的なテーマを掘り下げ、スペクタクル性に富む豊かな世界を舞台上に構築してみせた。主に女性や子供のものとされていたバレエは、一気に知的趣味の成人男性をも魅了する現代表現へと変貌し、その言葉通り「舞踊の時代」を創りだしたのである。

 

 『第九交響曲』は、フリードリヒ・ニーチェの『悲劇の誕生』に触発されたベジャールがニーチェの理想とした総合芸術の姿を舞台上で追究したものである。舞台芸術が生み出す圧倒的な祝祭性—ディオニュソス的な陶酔が音楽とダンスの融合のなかから生み出され、『悲劇の誕生』のなかで芸術の典型として称賛された古代ギリシャの祝祭劇の独自の再現が図られている。近代化のなかで失われてきた人間性、豊かな人間と人間の結びつきが音楽と舞踊の融合のなかで回復されるとする振付家の願望がそこに覗いている。創作にあたってベジャールは、神秘学における世界の構成要素、地、火、水、風の4元素を『第九交響曲』のそれぞれの楽章にあてはめ、振付を進めた。この卓抜な発想によって、ベートーヴェンの音楽がダンサーの肉体を介して美しく具体的なイメージとして舞台上に立ち上がってくるのを可能とした。

 

 総勢350名、フル・オーケストラの演奏と100名近い歌手による合唱、東京バレエ団とモーリス・ベジャール・バレエ団のダンサー80名余のダンスが響きあう贅沢な舞台だ(振付指導ピョートル・ナルデリ)。今回の公演では、NHKホールの舞台奥、一段高い位置にオーケストラの演奏用舞台が設えられ、ズービン・メータの指揮によるイスラエル交響楽団が演奏し、両脇に合唱隊(歌唱ソリスト:ソプラノ:クリスティン・ルイス、メゾ・ソプラノ:藤村実穂子、テノール:福井敬、バス:アレクサンダー・ヴィノグラードフ)、前方に突き出した巨大なエプロンステージでダンスが踊られた。

モーリス・ベジャール振付『第九交響曲』photo:Kiyonori Hasegawa
モーリス・ベジャール振付『第九交響曲』photo:Kiyonori Hasegawa

 冒頭、ニーチェの『悲劇の誕生』から抜粋したアポロンとディオニュソスの二元性に関するテキストが、モーリス・ベジャール・バレエ団の芸術監督、ジル・ロマンによってフランス語で読み上げられた。次いで、上手中央の台上に位置したアフリカのボンゴドラム、下手奥の西欧的なパーカッションがアポロンとディオニュソスの二元性を象徴的するかのように演奏の応酬を繰り返す。床に神秘学の天体図形が描かれた舞台にダンサー達が登場してくる。褐色の衣裳をまとう男女数十名。演奏が力強さを増していくにつれて中央に男性ダンサーが集い、周りを女性ダンサーが囲む。中央で力強く踊る若々しい男性(柄本弾)に男性の群舞が共振し、女性のソリスト(上野水香)とデュエットとなる。バレエシューズで踊られる第一楽章(東京バレエ団)は、腰を低く構え、大地をしっかりととらえた形を見せる。

 

 第2楽章は、燃え立つ赤。敏捷な身のこなしで溌剌と踊る東洋人の若者(大貫真幹)に導かれ、躍動感いっぱいに踊りが展開する。中央で白人と黒人のデュエットが踊られ、宙を舞う身体の美しさが印象的だ。ソロ、グループ、数組など編成を変えながら進む振付は民族舞踊に想を得た部分もあり、エネルギッシュにダンスが高揚する。

 静謐な美しさに充たされた第3楽章が印象的だ。甘美な弦の響きが広がるなか純白のタイツ姿の長身の男性がゆっくりとした所作で前進し、床に伏す。女性が慰撫するように踊りだすと、男性とのユニゾンとなり抱擁する。男女4組が加わり、充たされた愛の時間をダンスが晴れやかに表現する。リードを踊るジュリアン・ファヴローとエリザベット・ロスの優雅な存在感が魅了する。

 

 第4楽章は、男性のしなやかで躍動感溢れるソロ(オスカー・シャコン)で始まり、前楽章の男性ソリスト達が加わる。ソリストが歌いあげる宇宙全体の歓喜と調和を男性4人が力強く踊っていく。男性ダンサーを意欲的に作品の核に起用したベジャールの振付ならではの男性達のスケールの大きな踊りが美しい。ソリストに導かれて、80名のダンサー達が舞台いっぱいに広がり、無機質な現代文明への批評性をも発揮する渦巻くエネルギーとなって歓喜と調和を表現した。しなやかで強靭な動きでリードするソリスト達とそれを囲む群舞は、輝く舞踊神に従う衆生の姿、曼荼羅の構図を想起させた。音楽的には、ズービン・メータの指揮はあえて抑制的。全体の調和とダンスを謳わせることを意図したものと思われる。

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モーリス・ベジャール振付『第九交響曲』photo:Kiyonori Hasegawa

 初演時には25ケ国のダンサーを集めたと伝えられ、『第九交響曲』のシラーの詩の一節、とりわけ「人類はみな兄弟」の理想が表現された。今回も東洋人の柄本弾、大貫真幹、白い肌のジュリアン・ファヴロー、褐色の肌のオスカー・シャコンら多国籍のダンサーとソリスト陣、イスラエル・フィルなどが集結して『第九交響曲』を表現したことは重要だ。大がかりな編成を必要とする本作ではあるが、振付家が求めた上演スタイルを貫くことではじめて伝えられるメッセージがある。現代の祝祭として、混迷する時代を生きる観客に語りかける力は大きい。

 

 半世紀を経て表現の先駆性と瑞々しい輝きを放つ本作が示唆するものは、ベジャール作品の強度である。時の浸食を受けやすいとされる現代作品のなかで、本作は現代の古典としての風格を備えている。アイデアの新奇さではなく、根底に込められた深い思想が時代を超えて観客に語りかけてくるからだろう。今日、20世紀の巨匠、モーリス・ベジャールの遺産を次代へと継承することの意義は大きい。東京バレエ団はモーリス・ベジャール・バレエ団とともにベジャールの遺産を次代へと継承する努力を続けてほしい。

(公演:2014年11月8、9日、於NHKホール、所見日:11月9日6:00PM)