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南仏の夏 そのほかのフェスティヴァル

 夏に南仏で開催されたほかのフェスティヴァルについてもふれておこう。モンペリエで開催される演劇祭プランタン・デ・コメディアン(Printemps des Comédiens、6月1日〜21日)、ついで舞踊祭モンペリエ・ダンス(Montpellier Danse、6月20日〜7月4日)で南仏のフェスティヴァル・シーズンは幕を開ける。今年は演劇についてはイヴォ・ヴァン・ホーヴェ(Ivo Van Hove)、ジュリアン・ゴスラン(Julien Gosselin)、ロバート・ウィルソン(Robert Wilson)、シルヴァン・クルーズヴォー(Sylvain Creuzevault)、フランソワ・グルモー(François Gremaud)、キリル・セレブレンニコフ(Kirill Serebrennikov)ら人気の演出家が顔を揃えた。舞踊に関してはドミニク・バグエ(Dominique Bagouet)、ジャン=クロード・ガロッタ(Jean-Claude Gallotta)、ピナ・バウシュ(Pina Bausch)、ボリス・シャルマッツ(Boris Charmatz)らによる旧作の再演が意識的に多くプログラムされた。

 アヴィニョンと同時期に開催されるエクサン=プロヴァンス音楽祭(Festival d’Aix-en-Provence、7月4日〜24日)では、サイモン・マクバーニー『ヴォツェック』(Simon McBurney, Wozzeck)、トーマス・オスターマイヤー『三文オペラ』(Thomas Ostermeier, L’Opéra de quat’sous)、ダニエル・ジャンヌトー『ピクチャー・ア・デイ・ライク・ジス』(Daniel Jeanneteau, Picture a day like this、作曲はジョージ・ベンジャミン、テクストはマーティン・クリンプ)という現代演劇の代表的演出家によるオペラ作品が並び、とりわけマクバーニー作品が批評家から圧倒的なまでに賞賛され、ジャンヌトー作品も好評を博した(残念ながら、筆者は今年はアヴィニョン、アルル以外には足を運ぶことはかなわなかった)。

 6月17日から7月9日にかけては、マルセイユでもフェスティヴァル(Festival de Marseille)が開催された。オランダ語系ベルギー人のヤン・ホーセンス(Jan Goossens)からディレクションを引き継いだマリ・ディディエ(Marie Didier)のもと、ダンスとパフォーマンスを中心としたプログラムが展開され、アヴィニョンでも好評を博したビントゥ・デンベレ振付『G.R.O.O.V.E』(Bintou Dembélé, G.R.O.O.V.E)はまずマルセイユで上演された。オランジュで開催されるレ・コレジー(Les Chorégies d’Orange、6月19日〜7月24日)も、プログラムはほかに見劣りするものの、きわめて保存状態のよい古代ローマ劇場だけでも一見の価値がある。こうした南仏のフェスティヴァルが終わりを告げると、オーリヤックの大道芸フェスティヴァル(Festival international de théâtre de rue、8月20日〜23日)を除いて、9月の劇場再開まで舞台芸術もまた、しばしヴァカンスの季節となる。

 アヴィニョン市内にある美術館ランベール・コレクション(Collection Lambert)と並んで、アルル国際写真展(Les Rencontres de la photographie d’Arles、 7月3日〜9月24日)も、南仏まで来たらぜひ足を運びたい催しである。アヴィニョンから日帰りで訪ねても写真展の主要部分は網羅できる上に、ゴッホの絵画によっても知られるアルルは、演劇祭の喧騒を離れたいときにはうってつけの美しい小都市であるからだ(ここにも古代ローマ時代の劇場と円形競技場がある)。今年は直接に舞台芸術を扱った作家・作品はほとんど見られなかったものの、緻密かつ厳密な「演出」に基づくグレゴリー・クリュードソン(Gregory Crewdson)の­——フランスでも初となる——写真展が見られたのは幸運であった。「カサ・スザンナ」(Casa Susanna)も、戦後アメリカ合衆国の異性装者(transvestiteを指すが、その中には今でいうtransgenderも少なからず含まれる)たちによる、アンダーグラウンドで半ばプライヴェートな集いで撮られた写真、そして同人誌『トランスヴェスティア』(Transvestia)から再録された写真に焦点を当てたアーカイヴ的展示だったが、証言として写真が持つ力強さに改めて目を見開かされた。

 

アヴィニョン演劇祭の20年と今後——環境問題の観点から

 2003年からアヴィニョンに通っていると、20年の間に演劇祭も相当な進化を遂げてきたことに気づかされる。滞在型創造拠点にして劇場の機能も有するラ・ファブリカ(La FabricA、600席)が2013年にようやくオープンしたほか、ほとんどの会場では座席指定がなされ、屋内では冷房も完備するようにもなった(20年前にはメインの2会場以外は自由席であったし、空調も充分ではなかった)。2019年からスマートフォンのアプリが提供され、紙のチケットはほとんど姿を消し、QRコードに置き換わった。今年から「イン」のプレス・キットも紙による配布はなくなり、「オフ」参加作品のポスター・チラシの枚数に関するアヴィニョン市による制限も厳格化され、例年に比べると市内ははるかに整然とし、紙の廃棄物は2022年の60トンから今年は25トンへと大幅に削減されたという。

 2013年には、アヴィニョン中心部に近い中央駅からやや郊外にあるTGV(高速鉄道)駅を結ぶ連絡線が完成し、2019年にはトラムも開通し、現在では中央駅前広場が再整備工事の最中である。これまたアヴィニョン市によって、演劇祭期間中の乗用車の市中心部への乗り入れが今年からより厳しく制限されたおかげで、市壁内はほぼ歩行者天国といえる状態になった。

 フランスの至るところで環境負荷の削減が強く求められており、日本の出遅れぶりに危機感を覚えもする(プラスチックの使い捨て食器は販売まで禁止され、買うことさえできない)。昨年はアヴィニョンの周辺でも熱波による大規模な山火事に見舞われたように、環境問題に対する危機感は、毎年のように異常高温を経験しているヨーロッパでは深刻なものであり、それを受けてこそ自然の中で上演される/自然とのつながりを再認識させる作品群が企画されたのだろう(とはいえ、とりわけ不慮の山火事を防ぐために最大60万€、約1億円に及ぶ予算が投じられたそうである)。

 今年からチケットの発売開始が4月7日からと例年より約2か月前倒しになり、1作品あたりの公演回数も増やされ、総販売座席数も増加したために、チケットの取りにくさはやや緩和された。とはいっても、チケットは相変わらず取りにくいのではあるが、一度売り切れて販売が中断した公演でも、不定期に追加席が販売され(そのため「満席」「完売」ではなく「販売一時中止中」と表示され、アプリから再販売の通知を受け取れる)、演劇祭のボックス・オフィスには昔ながらの手書きの「売ります/買います」の掲示板もある。最後の手段としては、早めに会場に着いて並んでいれば、空席が残っている分だけ当日券が販売される(あるいは不要になったチケットを売りに来る観客がいる)ので、どうしても見たい作品は大抵は見られてしまうのも、アヴィニョンならではである。事前にチケットが入手できなかったとしても、ここでは諦める必要がないのだ。

 2024年は、パリを中心としてフランス各地で7月26日から開催されるオリンピックのために、アヴィニョン演劇祭の開催は例年より1週間早い6月29日から7月21日までとなる(そのためなのか、会期は2日間伸びている)。来年の招待言語はスペイン語であること、アルゼンチンの演出家マリアーノ・ペンソッティ(Mariano Pensotti)がアヴィニョン周辺自治体を巡回する公演を手がけること、ロドリゲスがコメディ=フランセーズ(Comédie-Française)の俳優を起用して——2016年のイヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『地獄に堕ちた勇者ども』(Ivo Van Hove, Les Damnés)以来となる——、エウリピデス作『ヘカベ』(Euripides, Hécube)を翻案・演出すること、ストラスブール国立劇場(Théâtre national de Strasbourg)のディレクターに就任したばかりのカロリーヌ・ギエラ・グェンが新作『涙』(Caroline Guiela Nguyen, Lacrima、フランス語読みすると(エ)ンギュイエン、ロドリゲスと同様にポストドラマ的でありながらストーリー・テリングに長けた作家・演出家である)を上演することが演劇祭最終日に発表されたが、ルパ作品が来年にはついに上演されること、同じポーランドの演出家クシシュトフ・ヴァルリコフスキ(Krzysztof Warlikowski)もまたアヴィニョンに再来することもすでに報じられている。2024年のアヴィニョンからも、目が離せそうにない。