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 挑戦的な劇的才能と非日常のダイナミズムをこよなく愛し、1960年代以降の日本の現代演劇を批評の面から支え牽引した、演劇評論家で元朝日新聞編集委員の扇田昭彦さんが5月22日午後9時1分、悪性リンパ腫のため死去した。74歳。入院して1週間ほどでの早すぎる死だった。

 眼鏡の奥の好奇心いっぱいの子供のような瞳、口角がクイッと上がる独特の笑顔。シャープな分析をわかりやすく伝える文章と、ソフトな語り口。籍を置いた新聞だけでなく、雑誌、テレビ、教壇……様々な場を通じて、演劇と社会の距離を縮めようと努めた。

 その功績は多岐にわたる。だが、何より特筆すべきは1960年代後半に台頭し、当時はアングラと呼ばれた小劇場演劇を敢然と支持、擁護し、戦友・共犯者として伴走したことだ。

 1940年東京生まれ。雑司ヶ谷鬼子母神の祭やサーカスに胸ときめかす少年だった。64年、朝日新聞社入社、68年、演劇担当記者に。変革の時代だった。70年安保に向けて、新しい政治党派が続々と生まれ、街も大学も騒然としていた。美術、音楽、文学、音楽などの分野でも新たな潮流が雨後の筍のように芽を出してきた。演劇も例外ではなかった。むしろそうした新しい芸術の集う場として煮えたぎっていた。状況劇場や早稲田小劇場、演劇センター68/71、演劇実験室◎天井桟敷などが相次いで産声を上げた。そこには従来の新劇にはない、日常を切り裂く幻想性がみなぎっていた。生来の異界好きの血がうずいた。

 だが、普通に演劇をやろうと思えば、まだ文学座、俳優座、民芸の三大劇団のどこかに入るしかないような時代。新聞の劇評も古典や新劇のものがほとんどだった。そこに、突然、アングラ・小劇場の記事や劇評が朝日新聞に載るようになる。徒手空拳で新しい表現に踏み出した唐十郎や鈴木忠志らにとって、それがどんなに大きな援護射撃と感じられたかは想像に難くない。小劇場演劇は着実に市民権を得ていき、いまや現代演劇のメインストリームとさえいえる。扇田さんの登場がなければ、この状況はもっとずっと遅れていたか、あるいはまるで違った形になったに違いない。その後も、つかこうへい、野田秀樹、平田オリザら、新しい表現を引っ提げて登場する才能に常に目を配り、その仕事をペンで後押しした。

 好奇心の人だった。自分の目で確かめ、自らインタビューして演劇関係者の胸を開かせ、演劇を時代と社会の中に置いて見ることを大事にした。新聞社時代に自ら「演劇ジャーナリスト」と名乗ったのもこうした思いからだろう。69年には状況劇場の紅テント「列島南下興行」に同行、広島から福岡まで1週間、6トントラックに揺られて雑魚寝の旅をした。翌70年には演劇センター68/71が始めた黒色テントによる移動公演に同道、宇都宮、鹿沼、足利を回った。「紅」と「黒」のテントの違いを、肌感覚でレポートした。時は下って97年。青森県三沢市の寺山修司記念館開館のついでに立ち寄った恐山では、イタコに寺山を下してもらい、「寺山さんに『水に気をつけろ』って言われちゃったよ」と苦笑いしていた。

 海外にもたびたび足を運び、ピーター・ブルック、アーノルド・ウェスカー、アリアーヌ・ムニューシキン、イェジュイ・グロトフスキーら名だたる鬼才たちにインタビュー。世界の最先端の演劇状況をいち早く日本に紹介した。

 学生時代以来親しんだ、文学や映画の豊かな知識と直接の取材による実感。双方に裏打ちされた平明な文体は、新聞、著作を通じて多くの読者に愛された。著作では、多彩な切り口で現代演劇の歩みを明快に俯瞰して見せた。35歳で出版した最初の著作『開かれた劇場』(晶文社、76年)では、小劇場演劇と出会った興奮と、非日常への偏愛を熱っぽく語った。芸術選奨新人賞を受賞した『現代演劇の航海』(リブロポート、88年)や『日本の現代演劇』(岩波新書、95年)では、劇評や論評を通して「時代を映す鏡」としての60年代以降の日本現代演劇の歩みを明快に跡付けて見せた。『劇的ルネッサンス 現代演劇は語る』(リブロポート、83年)や『劇談 現代演劇の潮流』(小学館、2001年)では、劇作家や演出家らへの入念なインタビューでその創作の核心に迫った。新聞社退社後は、特定の作家に対する評論を集めた『唐十郎の劇世界』(右文書院、07年)、『蜷川幸雄の劇世界』(朝日新聞出版、10年)、『井上ひさし(日本の演劇人)』(白水社、11年)、『井上ひさしの劇世界』(国書刊行会、12年)などを著した。ほかにも、『世界は喜劇に傾斜する』(沖積社、85年)や『ビバ!ミュージカル!』(朝日新聞社、94年)など、興味は多方面に及んでいる。

 次の世代へ、演劇の魅力、奥深さを伝えることにも力を入れた。早稲田大学や静岡文化芸術大学で教壇に立ち、03〜06年には国際演劇評論家協会(AICT)日本センター会長として、演劇評論のすそ野拡大に力を尽くした。高校演劇にも関心が深く、全国大会過去60回のうち10回で審査員・講師を務め、ブロック大会や都道府県大会にも積極的に参加した。一昨年に始まったばかりの高校生劇評グランプリでも審査員として親しく高校生たちに接し、「これまでの劇評の定型にこだわらない、新しい表現の可能性」に大きな期待をかけていた。

 家庭でも、見てきた舞台の魅力を身振りもまじえて盛んに語っていた。楽しそうな父の姿を見て育った長男は演出家、次男は俳優の道に進んだ。そんな家族と共に6月のシビウ演劇祭(ルーマニア)を訪れるのを心から楽しみにしていたという。

扇田昭彦の著作(共著除く)

  • 『開かれた劇場』晶文社 1976
  • 『劇的ルネッサンス 現代演劇は語る』(編)リブロポート 1983
  • 『世界は喜劇に傾斜する』沖積社 1985
  • 『現代演劇の航海』リブロポート 1988
  • 『ビバ!ミュージカル!』朝日新聞社 1994
  • 『日本の現代演劇』岩波新書 1995
  • 『ミュージカルの時代 魅惑の舞台を解き明かす』キネ旬ムック2000
  • 『劇談 現代演劇の潮流』小学館 2001
  • 『舞台は語る 現代演劇とミュージカルの見方』集英社新書 2002
  • 『才能の森 現代演劇の創り手たち』朝日選書 2005
  • 『唐十郎の劇世界』右文書院 2007
  • 『蜷川幸雄の劇世界』朝日新聞出版 2010
  • 『井上ひさし(日本の演劇人)』白水社 2011
  • 『井上ひさしの劇世界』国書刊行会 2012