世界の捉え方を変える演劇――イキウメ『ずれる』桂 真菜

イキウメ『ずれる』
作・演出=前川知大
2025年5月11日(日)~6月8日(日)/シアタートラムほか
撮影=田中亜紀
人間を悩ます「ずれ」が重層する劇団の集大成
前川知大が作・演出を担う劇団イキウメ(2003年設立)の舞台は、超常現象を通して人間の有様を照らす。怪異がもたらす不思議な光景に、観客は惑乱しつつ新しい発想の萌芽を得る。22年におよぶ劇団活動の集大成といえる、充実した空間を生んだ『ずれる』は、定期公演の最終回。次回の本公演は未定だが、活動範囲を広げていくメンバーに注目したい。『ずれる』は2025年5~6月に東京と大阪で披露され、9月5日から11日までアーカイブ配信が行われる1)チケットぴあ PIA LIVE STREAM、イープラス Streaming+
。前川が劇団員5人の個性に応じて宛書(あてがき)した戯曲は、俳優の緊密なアンサンブルを通して、歳月を経た劇団ならではの力強い舞台に結実。本稿では親と子、人と他の生きもの、主流とオルタナティブなど劇作に重層する対立から舞台を考察したい。『ずれる』というタイトルは近年、国境を越えて人々を悩ませる変化を連想させる。例えば、異常気象のために災害が続き、地盤が沈み、農産物の収穫は減り、動植物の生態系も崩れてきた。餌を求める野性動物が里に近づき、動物と人間の住み分けの境界がずれる傾向は、本作の素材となる。舞台では登場人物の心身の変調が描かれるが、本来は引き合うはずの魂魄(こんぱく)(魂は精神を司るたましい、魄は肉体を司るたましい)がずれる状態も、重要なモティーフだ。
まず、あらすじを記そう。会社経営者の兄と共同体に適応しにくい弟を軸に、架空の地方都市で物語は展開する。その町では豪雨災害の後、山を追われた野生動物が住宅地に出没していた。父親の興した企業を受け継いだ小山田輝(安井順平)の住む豪邸に、精神科療養施設から約半年ぶりに弟の春(大窪人衛)が帰ってくる。両親はインドネシアの小島でリタイア生活を送るが、子どもへの干渉は続く。「常識」に沿って社長を務める輝は仕事に励む。引きこもり気味の春は、幽体離脱の実験に取り組み、インターネットで知り合った環境活動家の佐久間一郎(盛隆二)を自宅に招く。
15歳離れた兄弟の価値観は違うが、家事は自分に向かない、と思いこむ点は共通だ。秘書兼ハウスキーパーとして雇われた山鳥士郎(浜田信也)は、家事も仕事も的確にこなす。首肩が凝った輝のために、士郎は整体師の時枝悟(森下創)を呼ぶ。士郎の父の友人であった時枝は、士郎の父を小山田兄弟の父が自殺に追いやった経緯を知っていた。時枝は一般の人には見えない、春の肉体を抜けた霊体を認識。次いで、魂と魄をずらす技術を用いて、佐久間の幽体離脱をかなえる。
やがて、近所で飼われていた動物が、荒々しい原種に戻りだす。隣家のハスキー犬は狼に、輝が経営するグループ企業の養豚場の豚は猪に。いっぽう、兄弟の父は病んで帰国を望むが、森林伐採のために街に移った蝙蝠(こうもり)が運ぶ感染症の流行で、インドネシアから出られない。憔悴つのる輝を励ます士郎は、報復を果たすのか。家畜の先祖返りは、動物の解放を唱える春の仕業か……。

撮影=田中亜紀
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