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 「平和の祭典」と言われながら、国同士が4年に一度、メダルを「争う」オリンピック。ましてや、二つの戦争が進行するなかでの開催となった今夏のパリ五輪は、Olympic truce(オリンピック休戦)が実現することもかなわなかった。多くの子どもが犠牲になるこんな世界で、演劇には何ができるのか。ほぼ同時期、7月22~28日に那覇市で開かれた「りっかりっか*フェスタ(国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ)」は、例年にも増してそんな問いを突きつけてきた。

 22回目となる今年は、国際共同制作を含む10カ国の13作品が上演された。下山久プロデューサーが世界各地に足を運び、招聘したカンパニー。毎回、世代を超えて刺さってくる作品の質の高さにうならされる。

 今回は「トランク」をキーアイテムに、人生という「旅」や、多くの人や難民や避難民となって住むところを追われている世界の「いま」を考えさせる作品が強い印象を残した。

 驚きのパフォーマンスと、深遠でアクチュアルなテーマで圧倒したのが、Y2Dプロダクションによる『レオの小さなトランク』(テンブスホール)。ベルリンとカナダ・モントリオールに在住するアーティストによる共同制作だ。舞台は二つに分かれ、上手がリアルなパフォーマンス、下手にその映像が映し出される。リアルの方では、壁を床に見立てたアクロバティックな動きで、重力の奇妙なゆがみが見えるのだが、実は45度回転させた映像で見ると自然に見えるという仕掛けだ。パフォーマーの身体能力の高さ、発想の面白さで観客をたちまち引き込んでいく。

 チョークで金魚や猫、誰かとワインを飲むテーブルも描き、孤独を癒やしているようにも見える。男がなぜそこにいるのか、もしかすると壁に囲まれて出られない状況なのか。時代を覆う閉塞感や、分離壁に囲まれたヨルダン川西岸地区、天井のない監獄といわれるガザの状況も想起させる。トランクの向こうに光が見える。そんなラストの余韻も深かった。

Y2Dプロダクション『レオの小さなトランク』
撮影=若井なお

 ノルウェー・チェコ・イギリスのアーティストによる多国籍劇団のNIE劇場による『すべての終わりに(The End of Everything Ever)』(那覇文化芸術劇場なはーと 3F 大スタジオ)は、6歳の少女アガタを主人公に、歴史の暗部をあぶり出す。第二次世界大戦前、ヨーロッパでナチス・ドイツが台頭する中、チェコやオーストリア、ドイツのユダヤ人の子どもたちを英国に移送して救出した「キンダートランスポート」が題材だ。トランクと共に戦争と運命に翻弄されるアガタの物語は、ノンバーバル作品が多い中で英語のセリフが多く、子どもたちにはややハードルが高かったかもしれないが、キレのいい俳優のステージング、躍動感ある楽器の生演奏が演劇の醍醐味を伝えてくれる。

 現在進行形の戦争でも多くの子どもたちが犠牲になっている。歴史から何を学ぶのか。そんなことを観客に考えさせるきっかけになったに違いない。

 一方、5歳のニンナの小さな冒険物語、アイスランド・ミッドナイトシアターの『はじめての1歩(Own two feet)』(那覇文化芸術劇場なはーと3F 大スタジオ)は、ユニークな見立てのアイデアで演劇の面白さを子どもたちに伝える一作となった。人形で表現されるニンナは、文楽人形のように3人遣いというのが興味深い。父親と離れて農場暮らしを始めるが、ニンナには初めての経験ばかり。こちらも生演奏に乗って、トランクやブーツ、バケツが動物たちになって登場し、楽しませた。

 人形でいえば、ベルギー・キャリアテッドによる『カルメン~悲劇の愛の物語~(Carmen)』(ひめゆりピースホール)は、ビゼーの楽曲に乗せて一人のマニピュレーターが小さいオブジェのような人形を操り、恋の悲劇を展開させていく。屋台の店のような舞台は砂が敷き詰められ、スペインの乾いた風土を感じさせる。カルメンやホセ、エミリオらの小さい人形にはいつのまにか魂が宿っていく。自由を愛し、ホセを翻弄するカルメンが、魅惑的に映ってくるから不思議だ。

キャリアテッド『カルメン~悲劇の愛の物語~』
撮影=坂内太

 ほかにも、りっかりっかでは5年ぶりに上演されたベルギーのフル・テアトル『キャンバス(Comme la pluie)』(沖縄県女性 連合会会館3F)は、絵を描くことを通して魂の自由の意味について考えさせ、イタリアのラ・ルーナ・ネル・レット『赤ずきん~人生という名の物語~』(那覇文化芸術劇場なはーと 1F 小劇場)は、善と悪について問いを投げかけるなど、アクチュアルな舞台が世界の児童・青少年演劇の奥行きを改めて感じさせた。

 占領支配、地政学上のひずみ。沖縄にはどこかパレスチナが重なる。昨年10月以来、パレスチナ自治区ガザで惨状が続く中、シンポジウム「平和構築と児童・青少年演劇の役割」が開催された意義は大きかった。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸ベイト・ジャラにおけるアル・ハラ・シアターの共同設立者で俳優のニコラ・ズレイネさんの報告と訴えは、ニュースを通しては伝わってこないものだ。演劇を通して、子どもたちの不安や恐怖の感情を表現する手助けをする。「子どもたちには一人ではないこと、この状況を終わらせようとしているたくさんの人がいることを伝えている」というニコラさんの言葉に胸が痛む。

 演劇で戦争を止めるのは至難の業だ。だが、ブレヒトが言うように、戦争という「悪」に対して口を閉ざすことは「犯罪」なのかもしれない。世代を超えて思考の回路を開く。沖縄から発信する「りっかりっか」の意義を、戦争の時代に改めてかみしめる。