時代を超越する輝き──歴史の流れのなかで舞台芸術は何を映し出すのか ── ボリショイ・バレエ『パリの炎』 / 立木燁子
芸術は時代と関わり、それを超える。時に時代に寄り添い、時に抗い、翻弄されながら、しなやかに、したたかにその命脈を保ち続ける。ロシア革命から百年(11月7日)、モスクワでは賑やかな記念行事が行われる一方で、プーチン大統領が演説で歴史の暗部に言及する一幕もあり、革命の評価が注目を集めている。来日60周年記念でもある今年、6月に来日したロシア・バレエの名門、ボリショイ・バレエの美しくもエネルギッシュな舞台に接し、改めて舞台芸術の生命力とは何かを考えさせられた。
今回で19回目を数える来日公演は、ボリショイ劇場管弦楽団も帯同した総勢230名余による引っ越し公演となった(6月2日〜18日)。古典の名作『ジゼル』、『白鳥の湖』(いずれもグリゴローヴィチ版)と『パリの炎』全幕が上演された。出演ダンサーは、スヴェトラーナ・ザハーロワ、エフゲーニヤ・オブラスツォーワ、エカテリーナ・クリサノワ、オルガ・スミルノワらの日本でも人気の高い名花たちに加え、男性陣もウラディスラフ・ラントラートフ、デニス・ロヂキン、セミョーン・チュージン、イワン・ワシーリエフらの花形ダンサーによる競演となった。舞台を支える若い世代の台頭も目覚ましく、ダンサーの層の厚さを改めて感じさせた充実した公演となった。
本稿では、まずボリショイ劇場と日本の60年間の関係を概観し、今回の3演目の中でも重要な『パリの炎』について詳しく見ていきたい。
ボリショイ劇場の歴史と日本
モスクワのボリショイ劇場の歴史はロマノフ王朝下の1776年に遡る。当初は総合劇場として出発したが、19世紀半ばにはオペラとバレエの殿堂としてその存在感を強め、当時の首都サンクトペテルブルグにあった帝室マリインスキー劇場と競うようにこの国の舞台芸術の拠点となった。ロマンティック・バレエからクラシック・バレエへ、バレエが舞台芸術として大きく脱皮した時代に『白鳥の湖』や『ドン・キホーテ』などの古典バレエの名作がこの劇場で生み出された。
帝政ロシアの宮廷文化の時代から共産主義ソヴィエトの時代、さらには今日のロシア連邦(共和制)へ。激動の歴史を生きぬいて、ボリショイ・バレエは241年という長きにわたり世界のバレエ界に君臨し続けてきた。1917年の十月革命を経てモスクワがソヴィエト連邦の首都となると、ロシアを代表する国立劇場としてボリショイ劇場の地位は高まり、古典作品に加えて社会主義イデオロギーを担うソヴィエト・バレエの作品が意欲的に上演されてダイナミックで力強いボリショイ・スタイルが確立された。レオニード・ラヴロフスキーの『ロミオとジュリエット』や『石の花』、ひいてはロスティスラーフ・ザハーロフの『シンデレラ』など新生ソヴィエト・ロシアを代表する作品がボリショイ劇場で作品化された。ラヴロフスキーの後を継いで1965年から95年まで30年間にわたり首席振付家兼バレエ監督としてボリショイ・バレエに一時代を画したのが、ユーリー・グリゴローヴィチである。バレエ技法に精通していることに加え演出力に優れ、群舞を駆使したスペクタクル性溢れるスケールの大きなバレエを創作、ロシアの現代バレエを代表する現役の巨匠振付家である。
戦後の現代史を背景にしてボリショイ・バレエと日本との関係も興味深い。バレエ団としての初来日公演は1957年の8月。8月28日に新宿コマ劇場で初日の幕を開け、関西では宝塚劇場を舞台に総勢56人余の一行が約1ケ月間日本に滞在して公演を重ねた。プログラムは『白鳥の湖』第2幕、『バフチサライの泉』第3幕などロシア・バレエらしい本格的なクラシック・バレエの演目が並び日本中が大きく湧いた。ソ連の名門バレエ団の初来日公演は、戦後復興の緒についたばかりの日本で平和の時代を象徴する文化的な出来事としてバレエ界を超えて当時の社会全体に感動をもって迎えられた。
その後の来日公演の軌跡は、旧ソ連時代から現代ロシアへの移行という歴史のうねりに呑み込まれつつも舞台の輝きを放ち続けてきた。東西冷戦のさなか、鉄のカーテンの彼方から現れたボリショイ・バレエの公演が語り草となった。1973年夏、ラヴロフスキー、ゴールスキーなどによるロシア・バレエの粋を集めた演目のなかでも超絶技巧とそのスケールで観客を圧倒したのが芸術監督グリゴローヴィチ振付の『スパルタクス』(1968)で、不世出のダンサー、ウラジーミル・ワシーリエフを中心にしたダイナミックな男性群舞が観客を熱狂させた。
ソ連邦解体と政治体制の変化を経た1990年そして1993年にもやはりグリゴローヴィチの采配の下で日本各地で大規模な公演を行っている。21世紀になると芸術監督もアレクセイ・ラトマンスキー、セルゲイ・フィーリンらの若い世代へと引き継がれ、演目も多様化した。『スパルタクス』の解釈がそうであるように、体制や社会の変化を受けて観客の眼差しの中で芸術作品への評価は変容しながらその美を紡ぎ、命脈を保ち続けるのだ。紀元前1世紀、ローマ帝国の奴隷の反乱を扱ったバレエ『スパルタクス』の場合、ハチャトリアンの同名の曲を得て1956年に当時のレニングラード(現サンクトペテルブルグ)のキーロフ劇場でレオニード・ヤコプソンの振付で初演された。ボリショイ劇場でも翌年にはイーゴリ・モイセーエフ振付演出版が発表されたが評判は芳しくなく、芸術監督となったグリゴローヴィチがハチャトリアンと協力して振付けた新版が決定版となった。男性の力強い群舞が展開するスケールの大きな本作は人気作品となったが、ソヴィエト時代には革命の英雄として、今日では自由を求めるより普遍的な人間の姿として受容のイメージが変化していると言えるだろう。
『パリの炎』 全幕初演が浮上させる作品の真髄
大作の全幕物3本を並べた2017年のボリショイ・バレエ日本公演の白眉は、何と言っても『パリの炎』の全幕本邦初演(ラトマンスキー版)である。作品終盤で踊られるパ・ド・ドゥはコンクールなどでも頻繁に登場し、日本でもこの作品はよく知られているものの、全幕での上演は貴重であり、全幕上演を通してはじめて作品の本質が伝わり興味深かった。フランス革命を題材にしており、ロシア革命15周年を記念してソヴィエト時代の1932年に旧レニングラード国立キーロフ劇場(現サンクトペテルブルグ・マリインスキー劇場)で初演された(ボリショイ劇場での初演は1933年)。ボリス・アサフィエフの曲にワシリー・ワイノーネンが振付を行った大作である(台本はニコライ・ヴォルコフとウラジーミル・ドミトリエフ。ヴォルコフは『スパルタクス』の台本も執筆)。今回の上演版は、基本的にはワイノーネン版を踏襲しながら、振付をアレクセイ・ラトマンスキーが行い、2008年にボリショイ・バレエで復活上演された作品である(原台本に基づきアレクサンドル・ベリンスキーとアレクセイ・ラトマンスキーが台本執筆)。
ソヴィエト体制の成立を記念して創作されたという経緯もあり、原典版にはロシア革命後に流行した群衆劇やロシアのアヴァンギャルド演劇の影響があると指摘されるところ(プログラム作品解説:赤尾雄人)。演出を手がけたのは、メイエルホリドを師とし、革命後のロシア演劇をリードした演出家の一人、ソ連時代を代表する存在のセルゲイ・ラドロフ。ワイノーネンは振付にあたりラドロフの演出方針に従い、主役の踊りとは別に作品の主題を表現するために群舞のエネルギーを重視する革新的振付を施した。ロシア革命後に流行した群集劇の系譜を継ぐと指摘される所以がそこにあるのだろう。
作品の構成上にも主題に沿う工夫がある。たとえば、フランス革命を扱いながら革命の勃発として認識される1789年のバスティーユ牢獄の襲撃ではなく王政が廃止され共和政成立の契機となった1792年のテュイルリー宮殿襲撃事件を作品の中心に置いている。そこには、帝政ロシアが崩壊し、十月革命を経てソヴィエト社会主義共和国連邦の成立を祝う創作上の意図が窺える。
作品ではフランス革命という大きな歴史の節目に民衆のエネルギーがうねりをなして台頭していく様がダイナミックに描かれる。スピーディに転換する2段構えの舞台美術(イリヤ・ウトキン、エフゲニー・モナホフ)が効果的で、貴族階級とその支配に抵抗する民衆という対立の構図が映像なども採り入れて絵画的に表現されている。
民族舞踊、群舞、パ・ド・ドゥなど多彩なダンスで織り上げられる舞台が、革命と歴史のうねりを的確に表現しており秀逸な限り。民族舞踊や群舞を重視したワイノーネンの才気溢れる原振付を踏襲しながら、ラトマンスキーは現代的な視点から独自の解釈を盛り込んでいる。力強く革命のエネルギーを表出する一方で、個と群を巧みに対比させながら集団の渦に呑み込まれていく個人の悲哀を浮上させる筆致は鋭い。
第1幕はフランス革命の狼煙があがったマルセイユを舞台にしており、後にフランス国歌となった「ラ・マルセイエーズ」の響きを背景に貴族社会の横暴に抵抗する義勇軍の結成が冒頭で描かれる。義勇軍の青年フィリップ(ちなみに、ラ・マルセイエーズの作曲者はフィリップ・フレデリック・ディートリッヒ)と農家の娘ジャンヌ、その兄ジェローム。傲慢な侯爵とその娘アデリーヌ。ルイ16世とマリー・アントワネットも登場し、活気溢れる民衆の踊りと対照的にヴェルサイユ宮殿では優雅に宮廷バレエも上演されている。上演作は16世紀のイタリアの詩人、タッソーの叙事詩『エルサレムの解放』に想を得た『リナルドとアルミーダ』。第一次十字軍遠征を扱ったタッソーの原作とは離れ、バレエでは宗教対立というより異教徒の悲恋として描かれる。命を救ったリナルドに裏切られた魔女アルミーダの怒りが嵐を呼び、リナルド達はその犠牲となる幕切れ。キリスト教への改宗はない。16世紀当時、オスマン帝国の侵攻を畏れたヨーロッパで人気が出た原作のモチーフが今日、妙に同時代的な関心をかきたてるのも興味深い。挿入される美しいパ・ド・ドゥはワイノーネンの振付による。
第2幕、パリのテュイルリー広場に各地から集まる義勇軍の場の舞踊的構成に卓抜さが光る。オーヴェルニュ、マルセイユ、バスク人の踊りと各地の民族舞踊を魅力的に披露しながら、異種の舞踊が多様な民衆の集まりである義勇軍の本質を描き出す。それぞれの踊りの水準の高さはボリショイならでは、特筆に値する。
ギロチンが奥に覗く大舞台を埋めて群衆が熱狂的に前進してくる終幕に、本作の問題意識が鮮烈な形で表現される。単純な革命賛美ではなく、炎と燃え上がる祝祭性の背後に覗く非情さ。貴族の娘アデリーヌも断頭台の露と消える。イデオロギーあるいは宗教への陶酔が何をもたらすのか。異種混交の理想は革命後の複雑な歴史に思いを至させ多くを考えさせる幕切れである。
あまり踊らないが、時代の目撃者として宮廷画家ダヴィッドを登場させたり、俳優たちが権力の求めるままに劇中劇を優雅に演じながら時代をやり過ごす狡猾な姿を配して芸術と権力の関係を一考させるのも面白い仕掛けだ。ルイ16世のために制作したダヴィッドは政治的に革命にも関与し、後に革命家マラーを描き、さらにはナポレオンの首席画家として『ナポレオン一世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』(1807)などを残している。
所見日(6月15日)には、力感溢れる踊りでフィリップ役を当たり役とするワシーリエフが好演、恋人ジャンヌを若手抜擢のクリスティーナ・クレトワが溌剌とした踊りで見せた。第2幕に挿入される有名なパ・ド・ドゥも大きく、華やかで見応えがあった。本作は多彩な踊りを駆使して随所に見どころを配した躍動感に満ちたバレエを堪能させる一方、支配と被支配の力学、群衆と個人など複眼的な構成が歴史や社会への多様な思考を誘う奥行のある大作となっている。
新旧の名作を高い水準で披露した成果から世界の冠たるバレエ団の歴史に基づく自負が漂う。セルゲイ・フィーリンに代わり今シーズンから芸術監督に就任したマハール・ワジーエフの采配の下でボリショイ・バレエの伝統が着実に次代へと受け継がれていることを実感させた。
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