あふれるばかりのアニミズムの力――スーパー歌舞伎『もののけ姫』/内田洋一
思い出される二代目猿翁のすさまじい気迫
私は日本経済新聞で二代目猿翁の「私の履歴書」連載を担当したから、歌舞伎への異様なまでの情熱については肌身で感じた。浅間山を正面に望む稽古場では、演劇の古書や蔵書の多さに驚嘆した。俳優になった実子の香川照之(中車)への厳しい態度(いっとき拒絶した)を知り、この人はまさに芝居の鬼だと感じたものだ。歌舞伎では異例ともいえる長期の稽古、細部へのこだわり、多ジャンルの才能への目配りはその強烈な演劇熱のたまものだった。
風雲児としてあまりに激しく生を燃焼させたから、与えられた人生の歳月を人より早く使い切ってしまい、人生後半は体が不自由になってしまったのだと思う。「私ほど歌舞伎を愛する者はいない」と筆談で伝えてくる晩年の気迫はすごかった。新しいことへの挑戦と古典への傾倒はコインの面と裏の関係にあり、片面だけの表層で新奇さを狙う浮薄な態度は戒めた。新作歌舞伎が珍しくなくなった昨今、かみしめたいのはその点だ。甥の四代目市川猿之助が両親に対する自殺幇助の罪に問われるという異常事態もあり、スーパー歌舞伎は途絶えるおそれもあった。が、この『もののけ姫』のチーム力をみるかぎり、スーパー歌舞伎が新時代を開いていく未来図が見えた気がする。3Sのうちのストーリーという点では、間違いなく難路に挑む挑戦だった。
娯楽を重視するもうひとつの新劇という系譜
軽井沢の稽古場のある別荘には蜷川幸雄も訪れていた。大劇場で大衆を沸かせる演出家に蜷川は深い敬意の念を抱いていた。猿翁は歌舞伎、蜷川は商業演劇で、軋轢を起こしつつも新機軸を打ちだす盟友だった。蜷川は本質的に大劇場の演出家だったから、猿翁の姿勢に学んだ面がおおいにあったと思う。歴史をひもとけば、初代猿翁(二代目市川猿之助)は新劇運動の先駈けとなった自由劇場の旗揚げ公演に参加している。小山内薫を誘って立ち上げた二代目市川左団次の進取の精神に強く感化され、春秋座をつくった時期もある。左団次は永井荷風や岡本綺堂ら一流文化人がつどった七草会というブレーンをもっていた。梅原猛を招き入れたスーパー歌舞伎には、娯楽性を重視する新劇という、もうひとつの近代演劇の系譜が継承されていただろう。これからのスーパー歌舞伎に望みたいのも、外部の文化人の知見を生かすことだ。
それにしても、宮崎駿の世界が舞台を席巻している現状には驚かされるばかり。東宝の『千と千尋の神隠し』(ジョン・ケアード演出)はロンドンで長期公演を実現し、上海やソウルでも評判だ。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーと日本テレビが共同制作したロンドンの『となりのトトロ(My Neighbour Totoro)』はオリビエ賞で六冠を獲得している。歌舞伎では八代目尾上菊五郎らの『風の谷のナウシカ』が脚光を浴びた。国の内外を問わず、ヒット映画を原作とする舞台は話題づくり先行で内容が伴わないことがままあるけれど、宮崎駿作品に関してはそういうことが起きない。スタッフの映画へのリスペクトが安易な舞台化を戒めて、舞台ならではの魅力をひきだすことに血眼になるからだろう。
さてスーパー歌舞伎『もののけ姫』はこれからどう進化するだろうか。ツケはもっと抑え気味でいいような気がするし、猪の突進などにはスピード感を求めたい気もする。久石譲のオリジナル音楽が生演奏で聴けたら、とも思う。歌舞伎という容れ物は簡単には崩れない。磨きあげていけば、海外でも喝采を浴びるスーパー歌舞伎となるのではないだろうか。
スーパー歌舞伎『もののけ姫』の上演は2026年7月3日~8月23日、新橋演舞場。宮崎駿原作、久石譲オリジナル音楽、丹羽圭子・戸部和久脚本、横内謙介上演台本・演出、スタジオジブリ協力。金井勇一郎美術、千原悦子照明、桜井久美衣裳、藤間勘十郎振付。市川團子、市川中車、中村時蔵、市川門之助、中村壱太郎、市川猿也、市川笑也、市川寿猿、市川青虎、市川笑三郎ほか出演。






