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 去る5月2日(公演は2日と3日)、愛知県芸術劇場 小ホールで行われたNullの公演『WITH LiMBO』を見て、日本におけるコンテンポラリーダンスがひとつのスタンダードを獲得しつつあるのではないかと、そんな仮説を立ててみたくなった。Nullは愛知県の至学館大学出身の岡田玲奈と黒田勇により結成されたコンテンポラリーダンスデュオで、今公演には同大学の卒業生、仙石孝太郎が加わり、3人が振付・出演する作品の上演に臨んだ。

 Nullは2025年4月より酒井はな、島地保武、三東瑠璃ら日本のダンス界を牽引する舞踊家とともに愛知県芸術劇場ダンスアーティストに就任し、劇場を拠点に『WITH LiMBO』の創作に取り組んできた。同年6月に最初のワークインプログレスを劇場で、12月には横浜のDance Base Yokohamaで二度目を実施しており、今回はおよそ一年をかけてこれらの過程を踏んで迎えた本公演にあたる。結成から7年ほどの若手といえるNullだが、伸びしろの大きい若手なればこそ時間をかけて作り込んできた成果が振付の豊富さ、フルレングス作品としてのボリューム、パフォーマンスの質に見て取れ、12月のワークインプログレス(筆者は映像を視聴)に比しても大きく深化を遂げていた。

Null『WITH LiMBO』
振付・出演=Null(岡田玲奈・黒田勇)
出演=仙石孝太朗
2026年5月2日(土)・5月3日(日)/愛知県芸術劇場 小ホール
提供=愛知県芸術劇場 ©HATORI Naoshi
Photo courtesy of Aichi Prefectural Art Theater ©HATORI Naoshi

テーマを可視化するツール

 『WITH LiMBO』ではワークインプログレスの段階から「自己防衛」と「孤立」、「模倣による安心」と「個の消失」など、「日常で無意識に行き来している感情」を作品のテーマに掲げている。これを体現するのに有効であるのが全編に渡って用いられるキューブである。立方体の12本の辺を枠取ったスケルトン状のオブジェで、一辺はダンサーたちの胸の高さまであり、6つの面のうち一つだけは板を張った正方形の平面になっている。人が内側に入ることのできる立方体は「セル(細胞)」とか「カプセル」など、個々が棲息する空間を思わせる。存在のベース=基地=基盤であり、社会の中の居場所であり、自らを閉ざすシェルターにも、繋がる窓にもなるだろう。タイトルにある「LiMBO」とは検索すると辺獄(天国と地獄の境目)のほか、未解決で宙ぶらりんの状態、忘れ去られた状態、拘束[抑圧]された状態、どこにも属さない曖昧な状態などと出てくる。『WITH LiMBO』とは、この概念的な道具であるキューブが可視化する孤立や不安、他者との距離や、境界や、関係性を言うのだろう。 

提供=愛知県芸術劇場 ©HATORI Naoshi
Photo courtesy of Aichi Prefectural Art Theater ©HATORI Naoshi
提供=愛知県芸術劇場 ©HATORI Naoshi
Photo courtesy of Aichi Prefectural Art Theater ©HATORI Naoshi
提供=愛知県芸術劇場 ©HATORI Naoshi
Photo courtesy of Aichi Prefectural Art Theater ©HATORI Naoshi

 

キューブの構造、「単位」の思考

 さて実際の舞台ではこうしたナラティブが各場面に読み取れるいっぽう、動きそのものの構造的な展開というフォルマリスティックな側面が強く印象付けられた。キューブのツールは表象上の意味から徐々に解放され、身体に動きを誘発する物理的な装置となる。冒頭、音響のピアノが一音のみの打鍵を繰り返す。床には無数の丸いライトがグリッド状に照射され(照明デザイン=久松夕香)、ダンサーは一人ずつ一個のキューブとともに登場、3つの存在を明示する。こうした演出が喚起するのはミニマムに還元された抽象的な舞踊空間への志向である。正方形の幾何学的なツールは「単位」に通じ、ミニマムからの動きの展開や空間の拡張を可能にする。3人の白い衣装はジェンダーニュートラルで、他に属性を示す要素はなく、なびく布が動きの偶発性を呼ぶ方向で作用する(衣装デザイン=武田久美子)。このように言うと60年代アメリカのポストモダンダンスのような禁欲的なダンスを想起させるかもしれない。だが例えばKYOTO EXPERIMENT 2023に招聘されたルシンダ・チャイルズ作品のリバイバル上演を見た我々は、数理的なタスクの実践であるパフォーマンスが、実際には生きた身体の熱を帯びた他ならぬライブ芸術であることを知っている。Nullにおいても観る者を捉えて放さないのは偶発性を含んだ上演のライブ性であり、パフォーマンスが密度を高めながら固有の時間を織り出していく過程そのものだ。

提供=愛知県芸術劇場 ©HATORI Naoshi
Photo courtesy of Aichi Prefectural Art Theater ©HATORI Naoshi
提供=愛知県芸術劇場 ©HATORI Naoshi
Photo courtesy of Aichi Prefectural Art Theater ©HATORI Naoshi