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喜劇の後半―ポップな村祭り

 一転して、明るい喜劇となる後半は、金髪のかつらと真っ白なコスチュームをまとった天使のコスプレ風の「時」の口上に続いて、宝塚チックな男装の王子フロリゼルや、アイドルユニットのような「ドーモプ」こと、村娘のドーカスとモプサらが登場する。21世紀生まれの学生たちにとっては「神聖な」シェイクスピア劇も、ヨーロッパのおとぎ話の楽しいコスプレである。かつて日本人が赤毛のかつらをつけて演じたシェイクスピア劇は、欧米をあがめ、模倣する猿真似として、揶揄やコンプレックスの対象とされてきたが、今や日本人が髪を金髪に染めるのは当たり前のこと。令和の学生たちは、国も時代も性別もやすやすと超えていく。これらが2.5次元舞台やコスプレの影響を受けていると思われるのは、昨今の流行りなのだろうか。また、個々のパートが独立して継ぎはぎに見えるのは、全体を強権的に統率する演出家の不在のせいなのか。

 奇しくも、ほぼ同時期に上演された前述のシェイクスピアシアターの『冬物語』も、レオンティーズ、ポリクシニーズ、カミローのベテランからなる正統派の熱血演技のシチリアチームと、寅さんのコスプレのオートリカス、男装のフロリゼルといった2.5次元舞台的な若手ボヘミアチームのハイブリッドであった。

 オーソドックスな悲劇として上演された前半と対照的に、後半の「毛刈り祭り」は、若さと笑いと創意工夫に満ちている。滑稽な演技で場をさらうオートリカス、ミュージカルのような村人たちの歌の掛け合い、躍動感あふれる「ハカ」ダンスのような羊飼いたちの踊りで、劇の盛り上がりは高まっていく。

 そして、舞台は大団円へ。場面はボヘミアの宮廷に戻り、いよいよ「彫像の場」である。生きた俳優が彫像を演じるこの場面は、『冬物語』の最大の見どころであり、これまでに様々な形で上演されてきた。―ハーマイオニは、立っているのか、座っているのか、客席の方を向いているのか、いないのか、眼は開いているのか、いないのか。どんなポーズをとっているのか。―観客は固唾を飲んで見守る。今回のハーマイオニは、客席の方を向き、支えなしに立っていた。パンフレットの表紙の姿そのままに。そして、それを見守る観客も「奇跡」の目撃者となった。ポーライナが「皆様、どうか信じる気持ちを呼び起こしてください」と、一同に呼び掛ける。すると、楽師たちの演奏に合わせてハーマイオニが動き出す。「奇跡」が起こったのだ。確かにパンフレットの表紙にはこう書かれていた。―「信じる者に、奇跡は起こる」と。

 

おわりに

 昨今の暗い世相を反映してか、現代の若者たちは悲劇を嫌い、喜劇を好むと言う。明治大学の学生による『冬物語』は、ハッピーエンドを求める若者たちがひたすらに「奇跡」を願う作品となっていた。確かに舞台上で「奇跡」は起こった。しかし、その後に辛い現実が待ち受けていることに彼らは気づいているのかもしれない。(2025年11月8日12時観劇)