報告②/BeSeToシンポジウム「演劇におけるポストヒューマン的転回」
Ⅱ. 多種間の連帯とポストヒューマン的想像力
2.1.作品概要と舞台化
演劇『千個の青』は、2019年に韓国科学文学賞・大賞を受賞したチョン・ソンランの同名小説を舞台化したものである。2024年、韓国国立劇団(キム・ドヨン脚色、チャン・ハンセ演出)によって初演され、同年韓国・ソウル芸術団がミュージカル化した。その後、映像化の契約を締結し現在ハリウッドで実写映画化の準備が進んでいる。演劇版は結成から74年が経つ韓国国立劇団史上初めてロボットが俳優を務めたことで話題となった。
ヒューマノイドが様々な分野で実用化された近未来を舞台にヒューマノイド騎手の「コリー」と、安楽死を間近に控えている競走馬の「トゥデイ」が劇の軸となる。この時代では競走馬により早いスピードを実現させるため、人間の代わりにヒューマノイド騎手が導入されている。身長145センチのロボット騎手・コリーは製造過程で誤って学習用チップが埋め込まれ、千個の単語を学習して人間と動物の感情を理解する能力を得る。彼らの他、ロボットに強い関心を抱く少女・ヨンジェ、足が不自由で車椅子に乗るヨンジェの姉、ヨンジェの母・ボギョンなどが加えられ、人間・動物・ロボットの物語が交差しながら展開していく。物語は競走中にトゥデイの膝を守ろうと自ら飛び降りて壊れてしまったコリーをヨンジェが持ち帰り修理するところから始まる。その後は、安楽死を阻止し競走馬・トゥデイを救うために繰り広げられる登場人物らの奮闘が物語の中心となる。
2.2. 多種間のつながりと連帯
『千個の青』の背景となる競馬場は効率と成果を最優先とする韓国社会のメタファーになっている。さらには、近代ヒューマニズムが築き上げた排除の構造を明らかにする装置として機能している。周知のように、「ロゴス‐男根‐西欧‐人間中心主義」を基盤とする近代ヒューマニズムは人間のみに主体性と特権を与え、ジェンダー・人種・障がいの問題を周縁化し、非人間の生命体や機械などからその主体性を剥奪した。特に、資本主義社会における暴力的な支配の中では、動物とロボットは「非人間の他者」として区別され、現実では不可視化され徹底的に道具として扱われる。『千個の青』はこのような排除からスタートし、それらに批判の目を向け解体と転覆を図る。この作品で主体性が与えられるのは、女性、若年者、障がい者、動物、ロボットなど、先触れたように主体性を奪われていた存在である。その中でも走る能力を失い安楽死が決まっている競走馬・トゥデイと、壊れて廃棄処分を待つしかないヒューマノイド・コリーは、資本主義の論理によって見捨てられた存在たちの肖像でもある。
ただ、彼らは単なる被害者ではない。コリーは人間よりも優れた共感能力と状況判断力を発揮し、トゥデイの安全と幸福のために二度も自ら落馬する。このコリーの選択は、社会によって「異常」と見なされてきた存在が倫理的・情緒的にも優位に立てる可能性を提供する。この作品では若年者と障がい者、およびロボットと動物がお互いに関心と憐憫の情を抱き理解しあう。それによって共存の道を探っていくプロセスが感動的に描かれる。ここで示される多種間のつながりや連帯はダナ・ハラウェイの「伴侶種(companion species)」の概念を舞台上に具現化していると考えられる。ハラウェイは人間を含めすべての生命体や機械などが独立した自己充足的な実体というよりは環境の中で相互に絡み合い共存・共生・共進化する存在だと強調する。『千個の青』で描かれるロボット・コリーと競走馬・トゥデイ、および障がい者・ウネと若年者・ヨンジェの関係づくりは、ハラウェイの「一緒になる(becoming-with)」という概念を演劇により形象化したものである。
脚色を施し原作小説を圧縮した舞台にはヒューマノイド、動物、障がい者などの多種多様な人間・非人間の他者を登場させ、技術資本主義社会の根幹をなす二項対立の構造を明らかにすることによって、様々な暴力の形態が浮かび上がる。さらに、社会の中心部から消去された声を復元し、多種間の連帯と協力を通して新しい倫理的想像力を提示する。この連帯は人間とロボット、および人間と動物の関係を超えロボットと動物の間にも形成される。『千個の青』ではこのような複数の、異種間の関係づくりを通してその境界を横断する連帯と結束を見出し、環境危機を迎えている現在の技術発展の時代において、我々に一つの共存のあり方を示している。この作品に触れた数多くの韓国の読者や観客のみならず、ハリウッドの制作チームまでが、そのストーリー展開とテーマに魅了されている。種の境界を超え正常と異常との線引きを止め、排除をしない中で形成された美しくて輝かしい連帯が、多くの人の共感を呼んだのである。この物語のテーマはブロードウェイに進出しトニー賞の受賞に輝いた韓国の創作ミュージカル『メイビー、ハッピーエンディング』にもつながる。このミュージカルでは人間のために製造された二体の、クレアとオリバーというヘルパーロボットが出会い助けあうようになるが、二人はバッテリーの寿命により死を迎えるという切ない結末を迎える。ロボットと植物、ロボットと人間、ロボットとロボット同士が共感し理解しあう過程を温かい眼差しで描く作品である。


