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――日本の観客を意識した演出というものはあるのでしょうか?

【テレーサ】シンボルというものは文化によって受け入れられ方が違うので、日本で上演する場合には、その点については十分に気をつけるようにしています。ただ先ほどもお話しした、作品の中に埋め込まれているアーキタイプ(原型)に関しては、年齢や国籍の関係なく届くものになっていると思います。

――初めてテレーサさんにお会いした『美女と野獣』のアフタートークで、野獣の声がテレーサさんの声だとわかり――野獣の声がすごく怖くって、野獣が「ワァ、オゥ」と唸ったときに、パパと来ていた隣の席の男の子が、驚きのあまり私にしがみついたことをリアルに覚えています。その後で、もう一度テレーサさんの講演を聴いたときに、「子どもは知らないことはいっぱいあるけれど、わからないことは一つもない」とおっしゃられた。その言葉がずっと心に残っていて、今でも何か子どもたちと一緒に活動するときの原点になっています。

【テレーサ】ありがとうございます。私は子どもたちには、その時点で理解できること以上の、少し上のものを与えなくてはいけないと思っています。その時わからないことはもちろんあります。でも、なぜわからないかというと、経験がないからです。しかし、必ずそのことを経験する時がやってきます。そして理解することができると思っています。だから常により多くのものを与えるということを考えています。彼らは本当に成長が速い。理解というのは、理性で理解するだけじゃないんです。感情や感覚など、いくつもの理解のレベルがあります。

 イタリアには私が創った『美女と野獣』『雪の女王』を観た世代がいて、それはいま子どもたちを劇場に連れて来る30代の若いお父さん、お母さんなんですね。劇場で、「あれがテレーサ・ルドヴィコだよ。お父さんとお母さんが、君ぐらいの年のときに観た芝居を創った人なんだよ」と言ってくれることがあります。このことは、時間、経験とともに理解されるということなのではないかと思うのです。

 観た人が、20年後も覚えているとしたら、その芝居はその人の中で長い旅をしたのではないでしょうか。それが演劇というものの持つ、本当の意味での機能の一つだと考えます。私たちの中に入って私たちの内面を動かすもの、私たちを旅に連れ出すものなのです。

『小さな王子さま』 Photo by 梁丞佑

――テレーサさんの舞台ではセクシュアリティを含めて、過激な表現があるような気がします。小学生を対象にした場合には、どのような点に注意して上演していらっしゃるのでしょうか?

【テレーサ】「セクシュアリティ」というより「エロス」と言いたいと思います。エロスというのは体の一部であり、「生(せい)」、つまり、生きるということと関係があると思うからです。

 私が気をつけているのは、決して下品にならないということです。そもそもセクシュアリティというものを表現するという意図は私の芝居にはありません。そして子どもたちにもそういう視点はないのです。大人がそういった自身の経験からくる視点を重ねているだけなのです。

 『美女と野獣』を観てくださった方は覚えてらっしゃると思いますが、野獣と美女ベルとの出会いの場面では、毛のマスクを被った野獣役の俳優が、ターザンのようにぶら下がっている綱から少し降りて、ベルの方に体を寄せていきます。

 その当時、終演後にロビーに出たときに、女性がやってきて、官能的過ぎる場面じゃないか、子どもには少し過激なんじゃないか、と言われました。ですので、ロビーにいた子どもに「ベルのところに野獣がきた場面を覚えている? あの場面をどう思った?」と聞いてみたのです。すると、「あの場面はすごくよかった!」と言ってくれて、「ぼくが犬と遊ぶときみたいだった。犬はね、飛びかかってきたり、足の間をかけ回ったり、いろいろするんだけど、それみたいだった!」。それは私がその場面を作ったときに役者に言った言葉と同じだったんです。

 私は演じる役者に、性やセックスについての話は何もせず、話したのは「関係」についてです。「今これからベルがやってくるから、ハスキー犬みたいな感じで、匂いを嗅いだりして、それから彼女の方に寄っていって喜んで」と。ここで欲しいのは、犬と女の子が楽しく遊んでいるということなんだ、という指示を出しました。

 だから、冒頭から言っている全観客向けの演劇というのはそういうことなんです。この質問をしてきた女性というのは、もちろん自分の経験からそういうセクシュアリティというのをその場面に見たわけですが、もちろんそれは含まれている。だからそういう経験のない子どもが観たものというのは、最初のレベル、子どもに理解できるレベル、それは犬が女の子と遊んでいる、そういう場面を見た。先ほど申し上げた、いろいろな層がある、重層的な作り方というのはそういうことなんですね。

 今回の『小さな王子さま』は、私が創ってきた作品で初めて、といっていいと思いますが、そういった「セクシュアリティ」が一切ない、別のフェーズの物語になっています。原作がそういうものではないので、だから、もっと別のレベルでの語りが展開されることになっています。

――髙田さんは『旅とあいつとお姫さま』でエロスの場面を演じていらっしゃったと思いますが……?

【髙田】魔物のときですね。別にエロスとは思っていなかったかな(笑)。父親役もやっていましたので、幕一枚降りただけで、父親と魔物という二面性みたいなものが……。人間の二面性、父親の二面性、そういうことを考えながら遊んでいただけで、特にそういう意識はなかったな。

――最後に一言、お願いします。

【テレーサ】それでは劇場でお待ちしています。今日は参加してくださって本当にありがとうございました。長い間私の演劇を観てくださっている方とここでお会いできて本当に嬉しいです。

 日本との出会いというのは、私にとっては大きな幸運でしたし、宝だと思っています。とても多くのことをこの出会いから学びました。自分とは異なる文化との出会いというのは、たいへん大きな豊かさの一つだと思います。日本で創る演劇というのは、私にとっては他で創るものよりも一層大切な作品になっていて、それは二つの文化の出会いから生まれている作品だからだと思うんです。だから私にとっては日本の文化をリスペクトすることをとても大切にしていますし、また、日本の俳優の皆さんは、この文化の担い手、文化を体現している方々なので、俳優の皆さんに対しても強いリスペクトを持っています。

『小さな王子さま』の出演者とともに Photo by 梁丞佑
左より=酒井直之、藤村港平、曽田明宏、髙田恵篤、テレーサ・ルドヴィコ、浅川奏瑛、高橋優太、山崎眞結

 15年前にイタリアの同僚が日本に来て、私が創った作品を観て、少し残念そうに「日本の芝居じゃない」と言いましたが、私は「すごく嬉しい」と答えました。私が日本の芝居を創れたとしたらそれは嬉しいことです。私にとっては文化をリスペクトする、文化との出会いをリスペクトするということはとても大切なことなのです。

 皆さんが、よい人生を送ることができますように。皆さんの旅を続けてくださることを祈っています。ありがとうございました。


テレーサ・ルドヴィコ(Teresa Ludovico)
1993年よりテアトロ・キズメット(イタリア)で脚本、演出を手掛ける。世界各国で称賛を浴びた『美女と野獣』は、イタリア国内で「子どもと青少年向けの演劇ベストワン賞(Io stregagatto賞)」を受賞。『小さな王子さま』は、座・高円寺開館記念に創った『旅とあいつとお姫さま』、2作目『ピノッキオ』に次ぐ3作目。日本では他に『雪の女王』『にんぎょひめ』を演出。

髙田恵篤(たかた・けいとく)
1980年寺山修司主宰「演劇実験室◉天井桟敷」に入団。同劇団解散後「演劇実験室◉万有引力」結成に参加。舞踊・コンテンポラリーダンスなど多方面で客演。現在、劇団の活動をはじめ、外部での出演・演出も手がける。最近の主な出演作品に『エレファントバニッシュ』『春琴』『カフカ三部作』『奴婢訓』『リア王』『マクベス』など。演出作品に『奴婢訓』『盲人書簡』『糸地獄』など。