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■新作『小さな王子さま』について

――「劇場へいこう!」の新作『小さな王子さま』は、サン=テグジュペリの『Le Petit Prince』(邦訳:小さな王子さま・星の王子さま)から着想を得た作品ということですが、なぜこの作品を選ばれたのでしょうか?

【テレーサ】『小さな王子さま』は、聖書の次に読まれたといわれるぐらいよく知られた本です。300以上の国の言葉で翻訳され、標準語だけではなく、方言にも訳されていると聞いています。とても複雑なテキストで、哲学的ともいえる内容だと思います。そこで、なぜこの本がこれほど、子どもにも大人にも愛されているのか、という疑問がわきました。

 『ピノッキオ』の後で、座・高円寺の方と次の作品のテーマについて話し合いました。『小さな王子さま』は、『旅とあいつとお姫さま』『ピノッキオ』に続く3作目なので、3部作のような位置づけになります。

 『小さな王子さま』で新しい作品創りという「旅」をしようと考えたのは、いくつもの大きな問題提起をしている作品だと思うからです。この問題に対する答えを私たちは持ち合わせていません。この疑問を作品を通して、観客に投げかけていくことになると思います。これまでの作品と同じように、この作品を観た観客の方々にとって、何か深淵なものへの扉を開くきっかけとなる、そういう作品になったらいいと思っています。

 『小さな王子さま』の、「すべての人が、かつて子どもだった」という言葉から出発して、この言葉に発想、インスピレーションを得て、この作品を選びました。大人として私たちはいろいろ疑問を持ちます。私たちは皆かつて子どもだったわけですが、私たちの中にその子ども時代の魔法のような記憶の何が残っているのだろう? と考えました。ただ子ども時代というのは、非常につらく苦しく、残酷な側面もある。そういったものがまだどのくらい残っているのだろうか。

 この作品を創るにあたってリライトをしましたが、この思春期より少し前の子どもたちにとっての、一つの「旅」と位置づけられるのではないか、そしてそれは小さな王子の旅でもあるのです。小さな自分の星という、非常に限られた世界から、それ以外の、外に飛び出して旅をする。星というのは、それぞれの子どもが持つ大切な世界のことです。この王子さまの旅というのは、外の世界、つまり大人の世界を知る旅。ですから、一つの通過儀礼(イニシエーション)の旅ととらえることができると思います。原作と同じように、私たちの作品の中でも、王子はいくつもの世界に出会います。それは一人ひとりの登場人物でもあり、同時に、この現代におけるいくつかの大きな問題でもあるのです。

『小さな王子さま』 Photo by 梁丞佑

 サン=テグジュペリが原作を書いたのは、20世紀前半です。その時点ですでに原作の中でサン=テグジュペリが明確にとらえている問題がますます深刻になっていると思います。例えば、原作の中に時間を節約する錠剤が出てきます。では何のために時間を節約するのかという大きな疑問がここで浮かんでくる。私たちと時間との関係は何だろう、と考えさせる。つまり、より多くのことをする、成し遂げるために時間を節約して、より速く物事を処理する。ところがその中で、もっと重要で、もっとシンプルな、人生における大切なことをする時間は減っていく。例えば、夕日の落ちるのを見る、川の水を眺める時間です。

 いま稽古をしていますが、今回のキャストは、ダンサーも多く、身体表現が優れている方ばかりなので、とても驚きのある内容になると思います。舞台美術(ルカ・ルッツァ)もとても独自性のある素敵なものになっています。

 ここには、一方に、王子がいろいろな惑星を旅するという物語がありますが、実はもう一方で、飛行士の旅というものもあるんです。この飛行士は、これから中年にさしかかる年齢の大人で、飛行機が砂漠に墜落してしまう。この中年にさしかかった人生のある時期に砂漠に墜落する、というのはいろいろなことを示唆するシンボルだと思います。それは人生の中で何かに挫折した、何かが壊れてしまったことを意味しているのではないでしょうか。何かが壊れる、つまり人生における危機に遭ったときに、逆にそれは、これまでの人生を振り返り、整理するチャンスでもあると思うんです。そこに自分の中にある遠い昔の子ども時代とつながる、何かそういった救済になる存在が現れる。その救済の存在が王子なんです。そこに王子は現れて、「ヒツジを描いて」と言う。

 それは非常に深いところにある、自分自身の一部と出会うということだと思います。私たち大人にとっては、『小さな王子さま』という物語は、精神的な旅と形容することができるのかもしれません。砂漠という何もないところで、私たちのなかの謎めいた部分と出会う。いま稽古でそういったことをやっている最中ですが、疑問はたくさんあります。ただ、明確な回答というのはまだありません。

『小さな王子さま』 Photo by 梁丞佑

――前作2作も、俳優の皆さんのコンビネーションがとても素晴らしく心に残っています。一体どのような稽古をなさっているのでしょうか?

【髙田】テレーサの作品では、一人何役もやるんです。それだから着替えなどがかなり大変で、走り回っています。舞台袖に入って、着替えて、出ていく――むしろ舞台上にいるときは休んでいるような状態(笑)。なので、お互いに助け合わなくてはどうしようも出来ないんです。こっちへ行ってこうしよう、というフォーメーションと手順をすべてきちんと決めないと、間に合わない。だから嫌でも仲良くなりますよね、仲が悪いと「手伝わない!」ってなっちゃう(笑)。

 稽古のときに1時間くらい、みんなで準備体操をするんですが、これがその日一日が終わってしまうぐらいつらいんですよ。体同士でコミュニケーションを取ってみたり、人のマネをしてみたりすることから始めていくんですけど、これが非常にいいコミュニケーションの取り方になっているのかなとは思います。

 僕らは古い人間だから、飲み屋に行ってしゃべったりするのがコミュニケーションだと思っているけれど、コロナで行けないですよね。だから稽古場で、みんなで意見を出し合う、アイディアを出し合う、「そうじゃない」とダメ出しをするのではなくて、こうしたらいいんじゃないかというアイディアを考えるというのかな。自分一人の力だけでは、なかなか思い浮かばない。みんなで考えているときに、ふと「なんだ、そういうことか」ってイメージが変わったりすることもある。そうところからコンビネーションがよく見えるのかな、と思いますが。

――皆さんの優れた身体性が基盤にありながら、それぞれが自己主張するのではなく、見事なコンビネーションとして見せている。その結果、演じる皆さんの身体を通して、社会というものが、人と人というネットワークで出来ているということに思い至ります。身体から社会構造そのものが浮かび上がってくることに観ていて驚かされました。

 

■異なる文化、異なる視点

(*会場の皆さんからの質問です。)

左=テレーサ・ルドヴィコ、右=髙田恵篤

――テレーサさんは日本語はあまりわからないということですが、稽古場で演出をするときには、どのような形で伝えていらっしゃるのでしょうか?

【テレーサ】20年ぐらい一緒に活動している通訳の方がいつも傍にいます。テキストの翻訳や稽古だけではなく、いろいろな場面、ワークショップなども一緒に数多くやっているので、私の詩学、演劇づくりについてもとても詳しく、助かっています。

 ただ、日本語がわからない、話せないというのは、よい面もあるんです。言葉がわからない分、目の前にいる人、役者さんのやっていることにものすごく集中します。見ているもの、聴いているものに、すごく集中できる。それは私の演劇というものに対する考え方にも関わってきます。

 私の理想では、演劇というのは「関係」にあります。演劇空間に二人の人間、二つの体があるとします。その二つの体に関係がある、関わり合っていると、それは私に何かを訴えかけてきます。お互いの間で交わされる言葉とは関係なく、何かが伝わってくる。例えば、「愛しているよ」と「愛」という言葉が発せられたとしても、「愛しているよ」と言いながらもその相手を殺そうとしているかもしれない。「ものすごく好きだ」と言いながら、相手を殴っているかもしれない。だから関係ということがいかに大事かということなんですね。そしてそれは「体」ということです。体が伝達するものがたくさんあります。

 あと、毎年のように日本に来て、日本の文化のことも少しわかるようになってきました。私は日本をとても愛していて、だから日本文化と関わろう、関係をつくろうとしています。周りには、多くの経験を持っている人たちもたくさんいますし、髙田さんの存在もとても大きいものです。髙田さんは、ご自分でも演出されていて、脚本も書かれているので、特に台詞について、他の演者を見守りアドバイスしてくれます。私にとって演劇というのは、集団で創るものなんです。演出家は、オーケストラの指揮者のようなものだと思っています。ですから俳優は、音楽家・演奏家のような存在です。演奏家というのはもちろん優秀で、演奏ができる人でなくてはなりません。だから私の役割というのは、それを上手く調和するということだと思っています。

 さっき髙田さんも言ってくれましたが、稽古中に出演者の皆さんがそれぞれアイディアを出して貢献してくれることがとても大事です。いつも「ここで何か提案がありますか?」と尋ねています。それは、それぞれが関わっている場面だけでなく、それ以外の場面でも、アイディアを募って進めるというやり方をしています。私の仕事はそれらに方向づけをして、調和させて、作品として仕上げるということだと考えています。

――イタリアと日本で、観客の反応の違いというものはありますか? 特に子どもの場合はいかがでしょうか? イタリアの子どもの方がうるさいのでは、と思ってしまいますが……。

【テレーサ】イタリアの子どもの方がうるさいです(笑)。ただ日本でも、かなりうるさい子どもたちもいました。しかし、とても幸運なことだと思いますが、私たちの作品を観るとき、皆さんすごく集中してくれるんです。最初は少しざわついていても、すぐに入り込んでくれます。

 そういえば、とても驚くことがありました。観劇が終わった後に質問コーナーがあるんですが、子どもたちが、ものすごい勢いで手を挙げてくれたんです。しかもイタリアよりも日本の子どもの方が手を挙げてくれる子が多いですね。日本の子どもたちの方が注意深く、好奇心をもって観てくれていて、思ったことを伝えたいという気持ちが強いと思います。