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4 王国の崩壊

 物語が大過去の回想を閉じて、過去の時制に戻ると、求婚の宴がつづいている。しかし求婚とは形ばかりで、王女は父国王の選んだ相手を拒むことは許されない。第一王女は自己中心主義者テオドロス(柚香光)の、第二王女は他人に優しいゴラーズ(天真みちる)の求婚を受け入れる。第一王女の場合、求婚を受け入れることが、逆説的に奴隷への愛の表明になるという屈折した心情があった。第二王女の場合は、求婚者の人柄を信じて、自分を慕う奴隷を危ない目に遭わせまいとする配慮が潜んでいた。
 タルハーミネ第一王女とギイの愛の激しさが王国を崩壊に導く。婚礼の前夜、ギイはタルハーミネ王女を半ば力ずくで抱いてしまうのだ。この光景は、少年のギイが、王女に傷を負わせるまでして砂漠から連れ戻した日の再現である。寝台の天蓋の陰から走り出た王女は、後を追って出たギイに命令する。

「私を連れて逃げなさい。私は奴隷の妻として生きる」

二人は手を取り合って城門を出ようとするが、兵士たちに捕らえられる。二人に恨みを抱いていた者が、寝室の光景を盗み見て、王に密告していたのだ。密告者は、かつて王女の額に傷を負わせたとする濡れ衣を着せられ、奴隷の身に落とされていた数学教師ナルギス(高翔みず希)だった。
 王は姦通を犯したタルハーミネに死を宣告する。そこに王女の求婚者テオドロスが駆けつけて、こう申し開きをする。不遜な奴隷が力ずくで王女の操を奪ったのだから、王女に非はない。よって王女みずから奴隷に死を与えれば、王女の潔白は証明され、今日の婚礼も滞りなく行えるだろう、と。この弁護は婚約者に対する愛というより、自分がこの国の後継者になる機会を逃すまいとする利害の計算に基づいている。しかしこれに対して、王女は沈黙を守る。仕方なく、長剣をかざして彼女の喉を斬ろうとする王。ここで知恵者の求婚者テオドロスは、王女の心の最も敏感な部分を突く。

「まさかあなたは、あの奴隷を愛しているのですか!」

王女は憤然として叫ぶ。

「みな聞け。イスファンの王ジャハンギールの娘がその奴隷に申し渡す。私がその者を愛したことなどない。我が意に反しその者はこの身を力で害した。我が名においてその奴隷は死を賜る。殺せ!」

王は剣を納めて重々しく宣言する。

「王女の誇りは取り戻された」

かくして三組の婚礼が取りおこなわれことになる。この光景をジャーは同じ舞台に登場して、別の空間の出来事のように見ている。彼はワキとして、シテの婚礼を砂漠の中に幻視しているのである。
 王女から死を賜ったギイは、地下牢で兵士たちに責め苛まれる。そこへ、王妃アムダリヤ(仙名彩世)が忠実な奴隷ピピを伴って現われ、兵士を遠ざけてギイに真実を明かす。そもそもアムダリヤは先王の妃だった。しかし18年前、現国王ジャハンギールが王国に攻め込み、夫の王を殺してしまった。王妃は塔から飛び降りようとしたが、二人の王子の命と引き換えに、新しい王の妃になった。征服王には側室腹の三人の王女がいて、アムダリヤ王妃の二人の王子は、第一王女と第二王女の奴隷になった。それがギイとジャーで、二人は実の兄弟である。王妃はギイにイスファンディヤールという本名を教えると、隠し通路から砂漠へ逃がしてやる。弟のジャーは砂漠の門まで兄を見送るが、第二王女ビルマーヤを守護するために城にとどまる。第三王女シャラデハ(音くり寿)の奴隷プリー(瀬戸かずや)はギイと行動を共にした。跳ねっかえりの第三王女と腕白小僧の奴隷プリーの間には愛はなかったからである。
 7年後、王子イスファンディヤール(ギイ)は、砂漠で先王の遺臣たちを集め、城下に攻め寄せる。囮の部隊が砂塵を上げて正面を襲い、城兵が皆殺しを狙って城を空に出撃するのを見て、主力の精鋭部隊は隠し通路から一挙に城内に突入した。イスファンディヤールは王を一騎打ちで倒し、その後継者テオドロスに問う。

「ここに留まり最後まで私と戦うか。王位を明け渡しガリアに立ち去られるか」

テオドロスの妻になっていた第一王女タルハーミネは叫ぶ。

「王位を渡してはなりません」

しかしテオドロスは武人ではなく、誇りなどという厄介なものは持ち合わせていな商人だったので、不利な状況で剣を交えるよりも、さっさと故国ガリアに戻って策を練ったほうが得策と、妻への別れの言葉もなく黙って立ち去る。イスファンディヤールはかつて自分を奴隷として支配した第一王女に向かって宣言する。

「ここにイスファンの新しい王が宣言する。この女はこれより我が妃となる」

新国王の実の弟で、城に留まっていたジャーが言う。

ジャー 「その人の父親が僕らの母にしたことを、今度はその人にしようというのか。その人に母さんと同じ苦しみを与えようというのか!」

イスファンディヤール 「これが我が復讐だ」

5 見出された時

 新王即位の典礼が行われる朝、ジャーと第二王女ビルマーヤは、ガリアへ帰ったテオドロスと第一王女タルハーミネの間に生まれた子を抱いて、城を出て行く。新王は旧王一族の命を奪うことはせず、追放するに止めていたし、ジャーは新王の実の弟なので今は王族の身分を許されていたのだが、愛する二人は行動を共にする。ビルマーヤの夫、優しいゴラーズは、襲撃の精鋭部隊が城内に突入して乱戦になった時、妻の奴隷のジャーを庇ってすでに斬られていた。
 一方、新王の母である前王妃アムダリヤと、新王妃タルハーミネは、一向に即位典礼の場に現われない。というのも、前王妃アムダリヤは長年胸の中だけに抱いていた彼女の「金色の砂漠」に向かって、塔の上から身を躍らせるからであり、また新王妃タルハーミネは失われた少女の時間へ向かって真っ直ぐに翔けていくべく、門を抜けて砂漠へ向かうからだ。「金色の砂漠」のイメージが、大過去の時制から全編を貫いて次第に高まり、終幕を迎える。イスファンディヤールは自分の即位式を放り出して彼女を追い、金色の砂が降る場所へたどりつく。舞台中央の大迫りの位置で二人は巡り会い、よろめきながら抱き合う。

「お前を、お前なんかを愛するなんて、私が。気がついたら砂漠へ走り出ていた」
「ああ。焼け付くような憎しみの中で、俺はお前に恋したのだ」

せりは高く上がり、頭上の日輪は砂漠の陽炎に歪む。二人は炎天下に息絶える。彼らは誇りを貫くために死んだ。それが二人の愛の形だった。
 銀橋を下手から上手へとキャラバンが回っていく。序幕に舞台奥を上手から下手へ通って行った人びとである。一行の中のジャーがふと立ち止まる。

「兄さん。金色の砂漠は見つかった? 母さんの歌っていた場所は見つかったか? タルハーミネさま! 兄さん」

せりの上に倒れている二人を覆い隠すように、緞帳がさっと下りてくる。序幕の行き倒れの男女のむくろとは、イスファンディヤールとタルハーミネだった。彼らのいた場所こそが「金色の砂漠」だったのである。二つのむくろはたちまち砂に(幕に)隠され、キャラバンは旅を続ける。

6 人間の業の深さ

 『金色の砂漠』では、主題の明快さに加えて、緩やかに物語が始まり、意外な展開を見せ、なだれ込むように終幕に至る序破急の配分が、能の時間を思わせる。とりわけワキの視点を導入して、物語に単純明確な構成を与える点に能との近親性が感じられる。宝塚歌劇にとってこれは大きな武器になる。宝塚歌劇団の5つの組にはそれぞれ70人ほどの組子がいて、演出家は各組の公演で、すべての生徒を舞台に上げなければならない。このため大勢のバックダンサーが出て華やかになるが、役の数も多く、物語は複雑になりやすい。同時にショーとドラマの二本立て公演の場合、ドラマに配分される時間は1時間35分と短い。短時間のドラマは単純で明確な構成を求める。複雑な筋立てと単純明確な構成。この相反する要請に演出家は能の手法で答えを出している。
 この作品は原田諒作・演出の日本物のショー『雪華抄』と共に上演された。このような場合、通常は最初にドラマ、二番目にショーの順で上演され、ショーの終わりにフィナーレを付けて一日の幕を下ろす。しかし今回はドラマ『金色の砂漠』が悲劇なので、ドラマとショーの順序を逆にして、ドラマを二番目に回し、これにフィナーレを付けて一日の後味を爽やかにしている。終幕ジャーが兄イスファンディヤールとその妃タルハーミネの魂に別れを告げて去ると、フィナーレ・ナンバーになり、「赦しの男」(瀬戸かずや、鳳月杏、水美舞斗、柚香光)が銀橋に出て「レクイエム」を歌う。

この砂漠のどこかに
許される場所があるという
金色の砂の海に
この罪も砕け散る 砕け散る

恋人たちは「赦し」など求めてはいなかった。むしろ彼らは、いわば己の業の限りを尽くして死んでいったのである。この「レクイエム」は、ドラマを見終わった観客が、死せる恋人たちに贈るオマージュである。
 本舞台は緞帳で隠されていて、既に遠く去ったキャラバンの行く手に上弦の月は沈み、砂漠は満天の星で覆われている。このフィナーレを見ながら、今は宝塚を去って外部で活躍する演出家荻田浩一が、26歳で書いた伝説的名作『夜明けの天使たち』(星組1997年)を思い出した。人間の業の深さを描く二つの稀有な作品は、20年の歳月を隔てて互いに呼び交わしているかのようである。『夜明けの天使たち』終幕では次のような「レクイエム」が歌われていた。

遠いまた遠い旅路を
誰もが独りきりで歩きだす
星の流れゆく涯(はて)に
命の在処(ありか)を教えたくて
―――――――――
暗い闇を越えて
永い夜を越えて
見果てぬ大地へ祈りを伝えて
星のかけら彼方に輝く
(作詞・荻田浩一  作曲・高橋城)

『金色の砂漠』のジャーもまたそのようにして砂漠を遠く離れ、われわれに伝えてくれる。人の命が何であるかを[2]

 

[2] 『夜明けの天使たち』は次のサイトに詳しい:「宝塚プレシャス 男役の変貌~荻田浩一論」